2020年5月17日日曜日

#おうちであじび ✂おうちであそぼう🖌 Vol.7 ワークショップ:「箱形カメラ人間になろう!」(チェン・サイ・ファ・クァン/シンガポール)

#おうちであじび
おうちであそぼう🖌 
Vol.7 ワークショップ:「箱形カメラ人間になろう!」(チェン・サイ・ファ・クァン/シンガポール)

このワークショップは、2013年にあじびに滞在したシンガポールのアーティスト、チェン・サイ・ファン・クァン(サイ)さんが小学6年生134人と行なったものです。
ワークショップは、ピンで穴を開けた段ボールの箱をペイントして頭から被り、いろいろな場所で箱の中に写るイメージ(像)を見る、というものでした。その際、サイさんがカメラの仕組みを説明するために、暗くした部屋の窓からピンホールで光を取り込んで部屋の中にイメージ(像)を写し出して見せてくれたのがとても面白かったので、紹介します。
 皆さんのお部屋でもぜひ試してみてください!



【準備するもの】
 ・遮光カーテン、段ボール、板など、窓を塞ぐもの
 ・10×10cmくらいの黒くて透けない紙、またはベニヤ板など
 ・キリや針など穴を開けるもの
・ガムテープ
 ・白い厚紙、パネル、トレーシングペーパーなどイメージ(像)を写すもの


【作り方】


①10×10cmのベニヤ板(または黒くて透けない紙など)にキリや針などで小さな穴を開ける










②ベニヤ板を窓に固定する 















③遮光カーテンなどで窓を塞ぐ



④ピンホール以外から光が入らないようにする




⑤部屋の明かりを消して、白いパネルなどにイメージ(像)を写してみましょう。
白いパネルを動かして像を結ぶ場所を探してください。トレーシングペーパーはイメージが透けてきれいに見えます。
上の写真は、美術館の窓からアンパンマンミュージアムの天井を写し出したものです。
実物はもっと鮮明に、イメージ(像)は、逆さまに写っています。
車が走っている様子などを動画で見ることもできます。


◇サイさんの滞在中の活動(2013年)はこちら




#カメラオブスキュラ
#チェン・サイ・ファ・クァン
#workshop
#pinholecamera
#cameraobscura
#chensaihuakuan

[耳]

2020年5月15日金曜日

#おうちであじび 🎤おうちで何してる?(アジアのアーティスト編)🎤 Vol.3

※English below※

本シリーズでは、レジデンスプログラムや展覧会であじびに滞在したことのあるアーティストに、今住んでいる街の様子や自身の状況、また現地での芸術活動についての報告を紹介していきます。第3回目は、ベトナム在住のアーティスト、ヴー・キム・トゥーさんからの現地報告です。

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第3回:ヴー・キム・トゥー (アーティスト / ベトナム)

ヴー・キム・トゥー

1976年、ベトナムに生まれる。1999年、ハノイ美術大学美術科卒業、2003年、シカゴ美術大学付属大学で修士号を取得。紙を使ったランタンによる繊細なインスタレーション作品を制作するアーティスト。福岡滞在中、八女和紙などを用いてランタンを制作し、2018年10月に開催された「博多旧市街まるごとミュージアム」で龍宮寺三宝大荒神堂にインスタレーション「水とみる夢」として構成した。

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2020年5月02日

私はベトナム、ハノイに住んでいます。

2020年1月下旬から中国、武漢で新型コロナウイルスが制御不能なほど蔓延していましたが、ベトナムは中国との距離が近いので、私たちはとても心配していました。そのため、幼稚園から大学までのすべての学校は3ヶ月間閉鎖され、教育・学習プログラムはオンラインへと移行することになりました。これまでのところ、ベトナムでは270人の患者がいますが、そのうち222名はすでに回復しており、死亡例は出ていません。私が住むハノイは人口800万人を超える都市で、その人口密集度のゆえに、新型コロナウイルスの高い感染リスク下にあります。

2月から3月初旬にかけて、政府はベトナムに到着する全ての旅行者に空港での渡航歴の申告と体温検査を実施しました。しかしこの措置は十分とはいえず、3月の第2週には、新型コロナウイルスの患者数が増加しはじめました。患者は主に外部からの来訪者で、ハノイ、ホーチミンや他の地方に影響を及ぼしていきました。3月後半から4月までの5週間、政府は旅行者に対して国境を閉じ、海外から帰国するベトナム国民のみに開くことを決定しました。空港に到着した帰国者はすぐに、軍の基地や遠隔地の病院に隔離されることになりました。

4月は特に厳しい状況でした。ハノイでは、薬局と雑貨店の営業は認められていましたが、それ以外の公共交通機関、タクシー、美術館、施設は完全に閉鎖されました。公園での運動、湖でのウォーキングすらも禁止されました。このように空っぽになってしまったハノイの街を見たのはこれまでの人生で初めてです。私たちは毎日朝6時と夕方6時に放送されるニュースを見ていました。それは保健省がこのニュースを通じて新しい感染者数、回復者数、そして隔離中の人びとの様子を伝えていたからです。

ベトナムでは、現在も新型コロナウイルス(の感染)を制御しようと試みています。そのために、F0、F1、F2と呼ばれるシステムを開発しています。もし、ある人が新型コロナウイルスと診断された場合、その人はF0と表示されます。F0と同じ家に同居している配偶者、両親、子供はF1となり、その人と接触した友人たちや近所の人たちはF2となります。政府は過去14日間にF0、F1、F2が全員一緒にいた場所を追跡し、その場所にいた人たちも隔離・監禁の対象にしています。そのために、ベトナムではまだ270件の感染しかないにもかかわらず、5万人以上の人びとが軍基地や自宅での隔離下にあるのです。国は自国の医療システムの脆弱さを十分認識しており、新型コロナウイルスを拡散させないため懸命にコントロールしています。

これまでの人生のなかでこれほど大きな危機を伴ったパンデミックを目撃したことはありませんでした。あらゆる国々、私の家族、そして様々な社会的背景を持つ世界中の友人たち全てに影響を及ぼしたのです。この数ヶ月、社会的距離をとって暮らしながら、人生において何が大切かを考え、振り返るための多くの時間を手にすることになりました。

私たちは皆、この嵐の只中にいます。私は多くの時間をアメリカ、ヨーロッパ、アジア各地の友人たちとの会話に費やしました。友人たちの様子を確かめ、家族の安否を尋ね、私たちが直面している困難について話し合いました。このことは、命というものがとても尊く、また同時に永久的なものではないことを私に気づかせてくれました。パンデミックの前に私たちが日々の生活で当たり前にしていたこと(例えば、湖の周りを歩いたり、映画館に行ったり、友人たちと集まること)は、今では贅沢なものになってしまいました。ロックダウンのあいだ、ミニマリズムが私たちの生活スタイルになりました。何年も前から、いつか自分の暮らし方にミニマリズムを取り入れたいと思っていましたが、できないままでした。パンデミックのあいだは、むしろそうせざるを得ませんでした。自分も含めて多くの人が仕事を失い、主要な収入源が減ってしまった今、基本的な食料、生活用品、基本的な医薬品といった本当に重要なものだけにお金を使うことに注意を払うようになりました。1月以降、ずっとパジャマを着て過ごしています。家の中や洋服棚を見渡してみると、自分にとって必要のないものがたくさんあることに気がつきました。パンデミックが終わった時、物質的所有に対する人びとの見方は一変していると思います。私たちは物理的には社会的距離を取っていますが、精神的にはそうではないのです。

私にとって、この2ヶ月ほど友人たちとたくさん話したことは、これまでの人生でありませんでした。これまで長年話す機会すらなかった友人たちの多くもロックダウン下にあったので、私たちはスクリーンの小さな枠のなかでより親密になっていきました。ズーム、スカイプ、メッセジャーを介して、私たちはお互いの安全やそれぞれの場所での近況報告、援助の必要の有無を確認したり、芸術実践を共有したり、映画やテレビ番組、オペラ、オーケストラ、パフォーマンス、美術館について話をしたり、オンラインでヨガをしたりしました。私には、インターネットが無いパンデミックがどのようなものになるのか想像できません。いろいろな意味で、私たちは地理的に離れ離れになっているけれども、このようなかたちで一緒に近くにいるのだ、とも言えます。アートは社会に貢献するとても力強い)ツールです。エンターテイメントの一形態であるだけでなく、アートは現実を映しだし、危機における私たちの物語を語ってくれます。美術作家の友人たちの多くは、医師や看護師への支援金オークションを行なうために、自らの作品を寄付していました。フェイスマスクを作ってはコミュニティに無償で配る人たちもいますし、ある作家は自分のドローイング付きのとても個性的なマスクをデザインしていました。

パンデミックは、多くの人たちの優しさを引きだし、人生の価値をリセットしました。また、ベトナムの政府の良い側面も垣間見せてくれるものでもありました。ベトナムは医療制度が発展途上の小国であり、私たちはパンデミックがこの地で拡大したときに引き起こすであろう被害についてとても心配していました。ベトナム政府は、感染が確認された初日からパンデミックを深く憂慮していました。新型コロナウイルスの検査と治療は無料で行われています。隔離中または自宅待機にある人たちには、毎日の食事、検温、健康相談が提供されており、隔離期間中仕事に行けない貧しい地域の住民には経済的援助も行われました。政府はまた貧しい家庭に対する食品配達も行なっています。多くの大家さんたちは入居者の家賃を放棄することで、この困難な時期に多大な支援を行なっています。

ヴー・キム・トゥー

ロックダウン中のハノイの様子①
ロックダウン中のハノイの様子②(撮影:Vu Manh Tien)
ロックダウン中のハノイの様子③




What are you doing at home?  - Asian Artist Ver.


03 .  Vu Kim Thu    (artist | Vietnam)


Vu Kim Thu


Born in 1976. Lives in Hanoi, Vietnam.

Vu creates sensitive installation work using paper-formed lanterns. During the 2018 residency program, the artist researched the communities and the architectuers in relation to the history of Fukuoka city. Vu created an installation, Dreaming with Water, using Yame washi papers and Vietnamese hand-made papers and exhibited it in the exhibition ART IN HAKATA OLD TOWN in 2018.

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2020.5.02


I am living in Hanoi, Vietnam


Since late January 2020, when the coronavirus (COVID-19) was spreading uncontrollably in Wuhan, China, we were worried as Vietnam is very close to China. Therefore, all schools from kindergarten to university have been closed for the last three months, switching the teaching/learning programs into the online format. So far in Vietnam, there have been 270 patients; among those, 222 already being recovered, and there is no death. I live in Hanoi, the city of over 8 million people with a high risk of the infection as its population is very congested.


In February and early March, our Government required all passengers arriving in Vietnam to declare their travel history and to check their temperature at the airport. However, that was not enough, by the second week of March, numbers of COVID-19 patients started to increase, those are mainly from the outside visitor's source affecting both Hanoi, Ho Chi Minh city and some provinces.


For the last five weeks of late March and April, the government has decided to close the borders to tourists and only open for Vietnamese citizens to return home from abroad. And all arrival passengers would be sent into quarantine in military bases or remote hospitals when they landed at the airport.


April was particularly difficult. Hanoi was completely closed except pharmacies and groceries that were allowed to open. Everything else was shut down, including public transportation, taxi, museums, and institutions. Even exercising by the park or walking by the lake was forbidden. I have never seen such an empty Hanoi like this in my life. Every day, we used to watch the news at 6 am and 6 pm, because that was when the Ministry of Health informed the new infection cases, recovered cases, and people’s lives under quarantine.


Vietnam is trying to keep COVID-19 under control. That is why we develop a system called F0, F1, F2. If a person is diagnosed as positive, he or she would be labeled as F0, his/her spouse, parents, children who live in the same house with F0 would become F1, then friends, neighbors who contacted this person would become F2. The government can trace down places where all F0, F1, F2 have been in the last 14 days, and the people in those areas would also being in quarantine and locked down. That is why even though we only have 270 cases, however, there have been over 50.000 people being put into quarantine both at home as well as in the military bases. We are fully aware of our vulnerable health system and working very hard in controlling COVID-19 in order not to spread it.


I have never witnessed such a pandemic with a huge crisis like this in my life. It affected all countries, all my family, friends all over the world from different backgrounds in society. For the past months living with social distancing, I have much more time to reflect and to think about what is essential in life, and here they are.


We are all in this storm together. I spent a lot of time chatting with my friends from the U.S, Europe, and different parts of Asia, checking in to see how they are doing and if their families are ok, then talking about difficulties we are facing. It just made me realize life is so precious and very impermanent. Things that we used to do in daily life before the pandemic (such as walking by the lake, going to the cinema, gathering with friends) that we took it for granted has now become a luxury. Minimalism has become our lifestyle during the lockdown. For years, my hope was always that I would be able to adopt Minimalism as my way of living one day, but I never succeed in doing it. During the pandemic, it forced us to do so. Since many people lost their jobs, including myself, the major income was down that I must focus on spending money only on what is truly important such as basic food, household good, basic medication. I have been wearing my pajamas since January. When I look around my house, into my closet, I realize that there are so many things I don’t even need. I think after the pandemic is over, it will change how people’s perspectives about material possession. We are social distancing physically but not mentally.


I have never talked to friends so much as I have done in the last two months. Since many of my friends whom I haven’t gotten a chance to talk to for many years are under the lockdown now, we become closer through the small frame of the screen. Via Zoom, Skype, Messenger, we check in to ask if they are safe, update on the situation in where they are, if anyone need help, then we share our art practice, talking about current movies, TV show, opera, orchestra, performance, museum and doing yoga online. I can’t imagine what it would be like in this pandemic without the internet. In many ways, I feel we are geographically apart, but we are so close together in this. Art is a very powerful tool to contribute to society. In addition to being a form of entertainment, art reflects reality, and it tells the story during our crisis. Many of my artist friends have contributed their artworks to organize an auction to raise money to help the doctors and nurses. They are also making face masks to deliver them for free for the community; one of them even creates a unique mask design with his drawing on it.


The pandemic has brought out the kindness in many people and reset the value of life. It also shows a sweet side of our Government in Vietnam. Since Vietnam is a small country with a developing healthcare system, we are very worried about this pandemic, and the damage could happen if it spread here. The government took the pandemic very seriously since it started. The cost of COVID-19 testing and treatment is free. People under quarantine and being locked down are provided with daily meals, temperature checks, health consultations and even more many people in the poor area got paid financially during their quarantine time as they couldn’t go to work. They also provide food delivery to many low-income families. Many landladies and landlords have waived the rent for the tenants, helping them tremendously during this difficult time.



Vu Kim Thu

A view of Hanoi during the lockdown 01

A view of Hanoi during the lockdown 02(Photo:Vu Manh Tien)

A view of Hanoi during the lockdown 03







 

2020年5月8日金曜日

#おうちであじび 🎤おうちで何してる?(アジアのアーティスト編)🎤Vol.2

※English below※

本シリーズでは、レジデンスプログラムや展覧会であじびに滞在したことのあるアーティストに、今住んでいる街の様子や自身の状況、また現地での芸術活動についての報告を紹介していきます。第2回目は、カンボジア在住のアーティスト、リム・ソクチャンリナさんからの現地報告です。

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2回:リム・ソクチャンリナ (アーティスト / カンボジア)
リム・ソクチャンリナ
カンボジア在住のアーティスト、リム・ソクチャンリナは、近年のカンボジア社会の急激な変化に焦点を当てた作品を制作しています。2017年に当美術館でも開催した「サンシャワー」展では、国道の建設事業によって破壊された家々を撮影した《国道5号線》を出品しました。201931日〜31日まで当美術館「受入支援」事業にて福岡に滞在し、「福岡におけるカンボジア移民労働者」リサーチや、カンボジア料理ワークショップ、トークを行いました。

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2020429


私は今、カンボジアのプノンペンにいます。パンデミックの初期、カンボジアの人々はパニック状態にありました。みんな(新型コロナウルスを)怖がっていて、学校、バー、カラオケ、大きなイベント等は禁止されましたが、街や国は封鎖されませんでした。結婚式も行われていたようですが、出席者は多くなかったとのことです。パニックになった人々は、家にこもって食料を買いめしていました。みんな、心配しつつも身の回りを清潔にしようとめていました。

これまでのところ、状況は少しずつ良くなっていると思います。現在(注:4月29日時点)までの感染者数は122人ですが、ほとんどが外国人(主にヨーロッパの出身者)で、これまでに119人が回復しており入院も残りわずか、それ以降感染者数の増加は見られません。さらに1週間たつと、人々が外出や仕事、路上での運動をするようになってきました。街中や田舎への移動はこれまでのところ可能ですが、(感染に)気をつけて手を清潔に保ち、不要な外出は控えて家に留まるよう推奨されています。商業活動も継続していますが、以前ほどの活気はありません。

私もパニック状態でしたし、他のことや自分の仕事に集中することは難しかったです。新型コロナウイルスに関するニュースを聞いて、どのようにして自分自身や近しい人たちの身を守るかをずっと考えていましたが、ニュース自体が曖昧でした。カンボジアは家族単位での生活が基本ですし、私自身も家族と一緒に暮らしているので、国内、世界の状況がとても気がかりでした。もしカンボジアで集団発生が起きた場合、家族間やコミュニティ内でより感染が広がるでしょう。人々のなかには、清掃を心がけている人たちもいますが、見た限りでは清掃がきちんと行き渡っているとは言えません。もちろん、マスクする人たちもいますが、同時にしていない人たちもいます(特に現在は)。現在、人々は落ち着きを取り戻しつつあり、ウイルスにも慣れてきたように思えます。みんな、状況が良くなっていくこと、そしてワクチンが完成することを願っています。どうかうまくいきますように!

ちょうど数日前、2015年から取り組んでいる写真プロジェクト《国道5号線》を継続できるチャンスを得ることができました。

国道5号線》の撮影について

私は、道路沿いにある真っ二つに切断されたり、壊された家々を撮影しています。これは、2015年に行なった撮影プロジェクトの続編になります。当時、中国からの支援を受けて進められていた道路建設事業(プノンペンからコンポンスプー州ウドン地区まで)が、住民に対する補償問題を引き起こしていました。この作品は、東京、森美術館と福岡アジア美術館の「サンシャワー」展で初めて展示されました。

現在、この事業、正確にはコンポンスプー州ウドン地区とバンテアイ・ミエンチェン県(タイとの国境)との区間を結ぶ道路建設は、JICA(国際協力機構)を通じた日本の支援を受けて進められています。基本的に、この事業はプノンペンからタイへと至るカンボジアの交通機関の発展を目的としたものですが、もちろん道路の周囲で起きるあらゆるものごとに影響を与えています。 家々は真っ二つになり、破壊されたりしています。私はこれらをカンボジアの開発の一部として記録しています。 それでも、人々はこの開発と補償に対して満足しているようです。この道路が完成すれば、あらゆる交通、ビジネス、生活がより便利になっていくことでしょう。

リム・ソクチャンリナ


《国道5号線》制作風景
拡張工事中の道路沿いにある家

《国道5号線》制作風景
切り取られた家

《国道5号線》制作風景
近隣住民への聞き取り





What are you doing at home?  - Asian Artist Ver.


02 . Lim Sokchanlina    artist | Cambodia

Lim Sokchanlina

Cambodian-based artist Lim Sokchanlina’s work focuses on the rapid changes in Cambodian society in recent years. In the exhibition SUNSHOWER which was held at our museum in 2017, he also exhibited National Road Number 5, a photograph series of houses destroyed by the construction project of a national highway. From March 1 to 31, 2019, he stayed in Fukuoka as part of the museum's residence support program, conducting his research on Cambodian Migrant Workers in Fukuoka, a Cambodian cooking workshop and talk.


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2020/04/29


I am in Phnom Penh, Cambodia. At the early stage of the pandemic, Cambodian people were very panicked. They scare, but the city, the country was not locked down, although school, bar, karaoke, big event are banned. A wedding is sometimes people did, but many guests don’t come. People were in panic so that they try to stay home, stock foods. They worry, and they take care of the cleaning seriously. So far now, we are better. 122 infected and mostly foreigners, European; but now 119 people have recovered completely and only a few more still in the hospital—no more infection. More a week, people start to come out, go to work and start a lot of exercise on the streets. We still can move around the city and countries, although we are encouraged to take care, clean hand properly, don’t go out and stay home unless necessary. Business runs around, but not that good.

Yes, I am in panic as well. It is hard for me to focus on other things or my work but listen to news about the Covit-19 and how to protect myself and the people around me, but the news is not so clear. I am much concerned about local and international situations. I am so much worrying about the Cambodian as we are family-based, we live with family. It is breaking out, and it could easily affect family and community in Cambodia. Some Cambodian people are worrying and take of cleaning, but I see it not so seriously cleaning still. Yes, some wear masks, but some don’t, especially now. Everyone in Cambodia now is a bit calm and seem to get used to the virus. Everyone is waiting for the better and the vaccine. Figure cross for that!

A few days ago, I could manage to get an opportunity to continue my project (since 2015) in shooting photographs of the National Road Number 5.

The shooting of National Road Number 5: I shoot houses that were cut in half or destroyed along the way! It was a continuous project that I shot last time in 2015. At that time, the construction of this road from Phnom Penh to the Udong district in Kompong Speu Province was supported by China, and it caused many problems with compensation for people.

It was first exhibited in a group exhibition at Sunshower, Mori Art Museum Tokyo. Now, This project is supported by Japan via JICA, precisely, from the Udong district in Kompong Speu Province to Bantey Mean Chey Province (border to Thailand). It is aimed to develop Cambodia transportation from Phnom Penh to Thailand. Of course, it is affected by all things that happened nearby the road. Houses were cut in half or destroyed. I document that as a part of Cambodia development. People are happy to accept it and compensation! The road will make all transportation, business, and living easier.

Lim Sokchanlina


"National Road Number 5" work in progress.
National road undergoing expansion and houses alongside.

"National Road Number 5" work in progress.
A house cut in half.

"National Road Number 5" work in progress.
Interviews with local residents



2020年5月7日木曜日

♯おうちであじび ✏️おうちで知りたいアジアのアート✏️Vol.7

当館アジアギャラリーでは「あじび研究所」と題して、2018年度より全7回に渡って作品1点を深掘りするコーナー展示を試みました。

本ブログでは、その時の写真やテキストを改めてご紹介します。
(※なお画像の出典は、最後にまとめて記載しております。)

第7回目は、ベトナムの絹絵《籐を編む》です。



ベトナム絹絵とは

「ベトナム絹絵」とは、1925年にベトナムのハノイに開校したインドシナ美術学校(École des Beaux-Arts de l’Indochine)において、新しい技法を使って作り出された絵画のことです。

この絹絵は、インドシナ美術学校の校長であったフランス人画家ヴィクトール・タルデューの助言のもと、生徒のグエン・ファン・チャンによって確立されました。チャンが編み出したのは、服地用に加工された絹に、水彩絵具によって絹を染め付けるように描く技法です。特にチャンの作品は、描いたあとに水で洗い流し、表面の色を落とすのが特色です。この工程を何度も何度も繰り返すことで、絹地を染めたような効果が生まれ、ぼかしやにじみによる独特の柔らかい風合いが生まれます。美術学校で学んだ構図や技術を踏まえ、伝統的な素材と組み合わせることで生まれた「ベトナム絹絵」は、国内外で高い評価を得ました。


[図1]ト・ゴク・ヴァン《お針子たち》1932年
水彩・絹、個人蔵


[図2]グエン・ティエン・チュン
《テト市場へ行く》1940年
水彩・絹、ベトナム国立美術館所蔵

インドシナ美術学校

1925年、フランス統治下のハノイに、植民地政府によってインドシナ美術学校が設立されました。開校に尽力したのは、フランスのサロン(官設の美術展覧会)でインドシナ賞を受賞した画家、ヴィクトール・タルデューでした。開校当初の理念は、職人ではない、真の芸術家を育成することでした。

授業内容は本格的なもので、パリの美術学校に倣い、タルデューはデッサンを重視し、同じくフランス人教師ジョセフ・アンガンベルティは屋外での制作を重視しました。この学校で絹絵の他に漆絵も誕生することになります。

フランス、次いでアメリカとの戦争が激化してゆくと、学校は疎開を余儀なくされ、レジスタンス美術学校などと何度も名前を変え、現在はベトナム美術大学として存続しています。


[図3]第一期生と校長タルデュー(中央) 右から三番目がグエン・ファン・チャン

絹絵の今

細い糸で織られた、柔らかい絹に描かれた絵。このベトナムで生まれた絹絵は、今日までどのように遺されてきたのでしょうか。

高温多湿な風土と長期化する戦争のために、保存が困難だったベトナムでは、どの作品も痛みがひどく、痛み自体が歴史を伝える痕跡のようです。一方で、フランス人などに購入され、欧米に渡った作品は、湿気や劣化によるダメージを比較的免れることができました。

日本画では、絹に描かれた作品は、小麦から作られる薄い糊で和紙に貼られますが、ベトナムの絹絵は米糊で粗悪な紙に貼られたため、時代を経るにつれて酸化し脆くなっています。絹絵に魅せられ、そのことを憂慮した日本の人々が、2007年に民間での修復保存プロジェクトを立ち上げ、日本の修復家の協力のもと20点前後のグエン・ファン・チャン作品が修復されました。


[図4]修復家の岩井希久子氏による修復風景

念入りに描かれたデッサン画

この作品には、写真のようなデッサン画が残されています。紙に鉛筆で描かれた作品は、絹に描かれた本作とは違い、描き込みの丁寧さが印象的です。ここから、水彩絵具の柔らかいニュアンスに変換して完成させるというものが、チャンのスタイルでした。デッサンを重要視する姿勢は、恩師であった校長タルデューの影響が読み取れます。


[図5]《籐を編む》1960年か
墨、鉛筆・紙、遺族蔵

グエン・ファン・チャン(阮藩正,1892-1984)
Nguyễn Phan Chánh

グエン・ファン・チャンは、1892年ベトナムのハティン省の農村に生まれました。儒教を重んじる家庭に育ち、私塾で漢学を学び、書を売って家計を助けていたことが知られています。その後教師として働いていましたが、1925年32歳でインドシナ美術学校に入学。校長のタルデューのすすめで絹絵を編み出します。

身近な人々の日常風景をアースカラーの落ち着いた色合いで表現した作品は、当時のベトナム美術界に新たな展開をもたらし、フランスで高い評価を受けるとともに、画家が亡くなった今も、人びとを魅了しつづけています。


[図6]《オーアンクァン遊び》1931年
水彩・絹、福岡アジア美術館所蔵


[図7]《田舎の歌手》1932年
水彩・絹、シンガポール国立美術館所蔵


[図8]グエン・ファン・チャン《籐を編む》1960年
水彩・絹
50x71cm
福岡アジア美術館所蔵

四人の女性が何かを作っています。画家によると、輸出用の籠を編んでいるところだそうです。画面手前の女性は、木型を使って蔓の太さをそろえ、右側の女性は手元を凝視して籠の一部を編んでいます。床や壁にも編みかけの籠の一部が置かれています。

ベトナムでは、田植えや収穫の間にこのような手工芸に携わることが一般的でした。グエン・ファン・チャンは農村に生まれ育ち、画題も華やかな女性たちではなく、このような庶民の日常生活を選んでいました。落ち着いた色合いで構成するチャンの画風は、郷愁をかきたてる日常が特徴です。                      

補足①《籐を編む》グエン・ファン・チャンの日記から

四人の女が、より集まって座り輸出用の籐の手工芸品を作っている。

画面手前の右の女は、うつむいて籐を編んでいる。反対側の左の女が籐の蔓を木型で延ばしている。真ん中の白いシャツを着ている女も編みかけの籐の籠の一部を持ち上げている。

構図についての話をしよう。前に座る三人を見て欲しい。一人は右を見ている。一人は左を見ている。一人は下を見つめている。顔を上げている女はいない。絵の中の四人のうち一人には顔を上げさせたかったら、一番後ろに座る女を描かなければならない。彼女は手に出来たばかりの籠の一部を持っていなければならない。そして、その籠の一部を上げて前の女に、これで良いかと聞くようなしぐさをしている。だから、顔を上げなければならないのだ。そんなわけで、いちばん後ろに座っていたとしても、私たちには彼女の顔がはっきり見えるのである。それは構図上のことである。それから、あっちからこっちにつながっている籐の蔓は、完成した品物や作りかけの品物をはっきり見せている。それはさらに手前と奥の関係を表している。また人物以外に絵の中には壁に掛けている籐の蔓もある。

色については、寒色が少ないが暖色と両方ある。たとえば寒色は前に座っている女の白いシャツの色。あと暖色はいちばん後ろに座っている女の濃い藍色と皆のズボンの色や、前に座る女のシャツの茶色である。この絵は色合いのおかげでとてもきれいな絵となった。また、前に座っている女は優しく穏やかな表情の顔つきをし、濃い茶色の服を着て肌は白くて美しい。聞いてごらん。首都ハノイに女たちがちりめんや縞の絹地や錦を着ていても、彼女のように美しい女がいるかと。この女のシャツの色は絵の基調となっている。籐の蔓を延ばしている女のシャツの色も似ているし、後ろの顔を上げている女は濃い藍色のシャツを着ている。この藍色は、前に座る女のシャツの白と、見事に調和がとれている。


Nguyen Phan Chanh nhat ky nhung buc tranh,Hanoi: nha xuat ban kim dong,1993.より引用
和訳は『女たちの絹絵展』図録、13頁より引用

補足②1960年、ベトナム

制作年とされる1960年前後、ベトナムで何が起こっていたのか、画家と関連する出来事をみてみましょう。

1945年(53歳)ベトナム共産党による民主共和国の独立宣言。画壇から離れていたが、これを機に故郷からハノイに移住。ベトナム美術学校(旧インドシナ美術学校)で教鞭をとる

1954年(62歳)ベトナムはディエン・ビエン・フーの戦いにてフランスに勝利するも、北と南に分断される

1956年(64歳)絹絵の制作を再開する

1957年(65歳)第一期ベトナム芸術協会の役員に任命される

1960年(68歳)全国美術展覧会に出品

1962年(70歳)自画像を描く。個展の開催

1964年(72歳)トンキン湾事件を契機にアメリカ軍による北ベトナムへの爆撃が始まる

戦争と隣り合わせのなか、一貫して画家が取り上げたのは、普通の人々の暮らしです。今も昔も変わらない日常生活を重視していたことが、彼の絵から読み取れます。

参考資料

・図録『ベトナム絹絵画家グエン・ファン・チャン 3rd絵画保存修復プロジェクト展 女たちの絹絵』2017年
・Loan de Fontbrune et Caroline Herbelin Christine Shimizu,Nadine Andre-Pallois,Du fleuve Rouge au Mékong : Visions du Viêt Nam,Paris: Musée Cernuschi, 2012.
・NGUYEN PHAN CHANH : NHAT KY NHUNG BUC TRANH,Ha Noi: NHA XUAT BAN KIM DONG, 2016.
・Vietnam Cultural Window no.51 June 2002,Ha Noi: Fine Arts Publishers, 2002.

画像出典

[図1] Loan de Fontbrune et Caroline Herbelin Christine Shimizu, Nadine Andre-Pallois, Du fleuve Rouge au Mékong : Visions du Viêt Nam, Paris: Musée Cernuschi, 2012, p.83.
[図2]Bertrand de Hartingh, ed. VIETNAM. Nghê thuât tao hinh và nghe nhin tù 1925 dên nay. Bruxelles: Exhibition Iternational, 1998, p.66.
[図3]Trần Đoàn Lâm, ed. VIETNAM CULTURAL WINDOW May-June 2012, Hanoi: The Gioi Publishers, 2012, p.8.
[図4]岩井さん提供
[図5] Trần Hậu Tuấn, Nguyễn Phan Chánh, Hochimin city: ei8ht gallery, 2011, p.170.
[図7]Corinne de Ménonville, LA PEINTURE VIETNAMIENNE –UNE AVENTURE ENTRE TRADITION ET MODERNITE, Paris: Les Editions d’Art et d’Histoire, 2003, p.53.
[図8]TRANH LỤA Nguyễn Phan Chánh, Hanoi: bảo tàng mỹ thuật việt nam, 1992, inside cover.

(担当学芸員 益田ひかる)


あじび研究所Ⅶ グエン・ファン・チャン《籐を編む》
福岡アジア美術館 アジアギャラリー
2019/12/2〜2020/3/27

Nguyen Phan Chanh
Rattan Weavers, 1960
watercolor on silk
50x71cm
Collection of Fukuoka Asian Art Museum