2020年7月27日月曜日

#おうちであじび 🎤おうちで何してる?(アジアのアーティスト編)🎤 Vol.06

※English below※

本シリーズでは、レジデンスプログラムや展覧会であじびに滞在したことのあるアーティストに、今住んでいる街の様子や自身の状況、また現地での芸術活動についての報告を紹介していきます。第5回目は、シンガポール在住のアーティスト、ウェイ・レン・テイさんからの現地報告です。

第5回:ウェイ・レン・テイ (アーティスト/ シンガポール)



ウェイ・レン・テイ
1978年、シンガポールに生まれる。都市の息づかいやそこに暮らす人々の生活を切り取る写真を制作している。【作家ホームページ 】「wei leng tay

[招へい] 2009年1月13日〜2009年3月29日

滞在中の活動
福岡に住む22組の人たちの自宅で撮影した生活感のある写真と、同じ人たちを当館の撮影室で撮影した写真(成果展ではモニターテレビで上映)からなる「ここからどこへ」を制作した。

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2020年7月13日

今日は2020年7月13日。「ブレーカー」(政府がロックダウン規制の実施をスタートさせ、ほとんどが閉鎖された際の部分的ロックダウンの名称)の初日から98日が経ちました。政府が「ブレーカー」と名付けたのには、2週間の潜伏期間を単位として感染のサイクルを断ち切るという考えがあったからです。「ブレーカー」は数週間前に終了し、現在はロックダウン後の第2段階に入っています。新しい日常の中で物事が続いています。

ロックダウン中のオーチャード通り

シンガポールにおける新型コロナウイルスはまず、移民労働者の寮内で爆発的に増加し、狭い環境が感染の悪化をもたらしました。8週間に及ぶ「ブレーカー」ロックダウンのあいだ、人々は外に出ず、家にじっとしているようにと通知がありました。ほとんどの店、美術館、博物館、ショッピング・モール、劇場は閉鎖され、世界のほかの地域と同様に、オフィスで働く人の多くは在宅勤務に移行しました。第二段階の今でも彼らの多くは在宅勤務を続けていると思います。

長年自宅で仕事をしてきた私のような人間にとって、在宅勤務への移行自体はそれほど大きな変化ではありませんでした。2ヶ月近く自分のスタジオに行けませんでしたが、自宅で仕事を続けることはできました。ただ「ブレーカー」の途中、グラウンドホッグ・デー(訳注)のように感じ始めた日々の単調な繰り返しから気を紛らわしに行く場所がどこにもない、ということにいら立ちを感じるようになりました。知らない場所への散歩はすっかりお馴染みとなり、コーヒーのテイクアウトはスリル満点の冒険になりました。「ブレーカー」のあいだ、他人の家に行くことは許されませんでした。第1段階で、ようやく両親への訪問が許可され、一日に二人までの訪問が許されていました。第2段階では5人までが訪問可能になりました。レストランでは自分以外の 4 人まで一緒に座って食事をすることができます。

(訳注)「グラウンドホッグ・デー」は北米で2月2日に春の訪れを占う天気占いの日。リスに似た生き物グラウンドホッグが冬の終わりを予感して冬眠から目覚めることから。

シンガポールでは、公園、店、ショッピング・モール、ギャラリーに行ったり、コーヒー買ったりする際、いつ自分が出入りしたかを追跡できる「安全入場(Safe Entry)」と呼ばれるQRコードをスキャンしなければなりません。政府はスマートフォンにダウンロードする追跡アプリを導入していましたが、普及率が低くあまり効果がありませんでした。そのため、全員が携行する追跡装置を作っているところです。このプログラムは、6月末から高齢者向けに開始される予定です。

「安全入場(Safe Entry)」のQRコード

ロックダウン中、私は市内で起きていることを知るために地元の新聞社のオンラインニュースにこれまで以上目を通すようになりました。「ブレーカー」の期間中、友人の家への訪問、勉強での集まり、マスクの不適切な着用やソーシャル・ディスタンスを守らないことで、どのように罰金を科せられたのかという内容の記事を数日おきに目にするようになりました。5月下旬には、フェイスブックに(他の人が)投稿した外出時の写真が原因で、ソーシャルディ・スタンスのルール違反で起訴された外国人グループがいました。この規則を破ると、重い罰金や懲役、強制送還が科せられることになります。

先週の金曜日は投票日で、選挙区ごとに新しい政権を選出しました。ロックダウンから解放されたばかりの6月上旬には、地元ニュースに選挙関連の記事が出始めました。印刷会社が選挙資料の注文を受け準備をしているという話や、新型コロナウイルスのなかでの選挙運動の手順についての記事が出てきました。6月24日には、7月10日に選挙が行われることが発表され、そして選挙が終わりました。

製作中の作品

時間を長く感じることは多々ありますが、あっという間に過ぎてしまいました。6月がすでに何ヶ月も前のことのように感じるとともに、まだ半年しか経っていないことも信じられません。この状態がいつまで続くのだろうか、そう思ってしまうのです。

                                                                                             ウェイ・レン・テイ



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What are you doing at home? - Asian Artist Ver.


06. Wei Leng Tay (Artist | Singapore)




Wei Leng Tay (Born in 1978, Singapore)
 (Artist homepage "wei leng tay")

[Residence] Jan 13, 2009〜Mar 29, 2009
Activities during the residency
Wei Leng Tay created a series of photographic works "Where Do You Go from Here?" capturing twenty-two models at their own house and at the museum.

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2020.07.13

Today is July 13, 2020. It’s been 98 days since the first day of the Circuit Breaker here (that’s the name of the partial lockdown we had when most things were shut down and when they started implementing the lockdown rules). The government named it Circuit Breaker because it was supposed to break the cycle of infection, and was based on two-week incubation period increments. The circuit breaker had ended a few weeks ago, and we are now in Phase two post-lockdown. Things continue in this new normal.
Orchard Road 

In Singapore, the COVID-19 numbers exploded when the virus started spreading in migrant worker dormitories with cramped conditions that exacerbate transmission. During the eight-week circuit breaker lockdown, people were advised not to be outside, and to stay at home. Most stores, museums, malls, theatres were closed. Much of society for many who work in offices, like in other parts of the world, transitioned to work-from-home situations. Now, in phase two, many office workers still work from home I think.

For someone like me who has for years worked from home, that transition was not too much of a change. I could not go to my studio for almost two months, but I could continue working at home. What was frustrating was perhaps not having anywhere to go to distract oneself from the daily routine, which sometime toward the middle of the circuit breaker started feeling like Groundhog Day. Even long walks to unfamiliar places became familiar. Take-out coffee became a thrill. During the circuit breaker, we were not allowed to visit other people’s homes. In phase one of coming out of the circuit breaker, we could visit our parents. They were allowed to have two visitors a day. Now, in phase two, one can have up to five visitors at home. One can sit with four other people for a meal at a restaurant.

When we go around in Singapore, to parks, shops, malls, galleries, to get a coffee, we have to scan a QR code called Safe Entry when we enter and when we leave so that our movements can be traced. The government had introduced a tracing app to be downloaded to the smartphone, but the uptake was too low to be meaningful. They are therefore in the process of producing tracking devices that everybody will have to carry. The program started at the end of June for the elderly.

A QR code of "Safe Entry"

I started reading online news by local news outlets more during the lockdown to find out what was happening around the city. Over the course of the circuit breaker, I would every few days see articles about how someone was charged for visiting a friend’s home, studying together, not wearing their mask properly, not social distancing properly. In late May, a group of ex-pats was charged for breaking social distancing rules because of a Facebook posting (by someone else) of a photo of them hanging out. Here, breaking those rules result in heavy fines, jail time, or deportation.

Last Friday was polling day when we elected our new government by the district. In early June, when we had just exited the lockdown, articles related to the election started appearing in the local news. We were told printing companies were ready if they received orders for election material, articles about campaigning procedures during COVID-19 appeared. On June 24, it was announced that elections would happen on July 10. And then it was over.

Ongoing artworks

Time has often felt long, and yet it has passed quickly. June now feels like months ago; I cannot believe only half the year has passed. I wonder how long this condition will last.

                                                                                                     Wei Leng Tay

2020年6月15日月曜日

#おうちであじび 🎤おうちで何してる?(アジアのアーティスト編)🎤 Vol.05

※English below※

本シリーズでは、レジデンスプログラムや展覧会であじびに滞在したことのあるアーティストに、今住んでいる街の様子や自身の状況、また現地での芸術活動についての報告を紹介していきます。第5回目は、バングラデシュ在住のアーティスト、ジハン・カリムさんからの現地報告です。

第5回:ジハン・カリム (アーティスト / バングラデシュ)


1984年、バングラデシュ、チッタゴンに生まれる。

[招へい] 2014年9月18日〜2014年10月28日

滞在中の活動
第5回福岡アジア美術トリエンナーレ2014」の交流プログラムに参加し、2つの作品を滞在制作した。ひとつは、「糸島国際芸術祭2014糸島芸農」に福岡の映像作家、牧園憲二と共同制作して不用品を用いて制作したインスタレーション「to C」をメイン会場の稲荷山に設置した。もうひとつは、サイトスペシフィックな映像作品「通りから」で、「博多リバレイン灯明」で、博多川にかかる橋の下に展示した。

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2020年5月10日

みなさん、こんにちは。ジハン・カリムと申します。バングラデシュのチッタゴンという港町に住んでおり、現在はチッタゴン大学美術学部の准教授をしています。また、「ジョグ・アート・スペース」のメンバーとして、路上での実験的な展覧会やワークショップ、セミナーなどを企画しています。

バングラデシュにおけるパンデミック、新型コロナウイルスは波のように広がりつつあります(現在、1万4千人が感染しています)。国の医療検査体制は感染を特定できるほど整備されておらず、メディアからのデータを見ると感染者の数はさらに多いと思われます。政府は40日間の都市封鎖を行いました。しかし、人々の生計に関して言えば、医者や銀行員のような職業以外、つまり低所得者層の人々は仕事のために外出せざるをえない状況です。特に、衣料品店、食料品店、市場で働く人たちや、リキシャ引き、物乞いの人々です。ですから、都市封鎖は豊かな中流階級か上流階級の人びとにとってわずかに効果がある、といったくらいです。

私たちの美術家コミュニティは、いくつかの試み(寄付を募る、貧しい人々に食料を配ったり、防護服を医療者に提供する、等)を通して、他の人たちへの援助を試みています。例えばダッカでは、あるアーティスト・コミュニティが医療者のためにフェイスシールドを制作したり、アート主体でパンデミック状況をテーマにしたオンライン展覧会を開催したりしています。

個人的には、大学の友人たちと一緒に貧しい地域コミュニティのための募金を立ち上げています。また大学の同僚4名は、学生たちと一緒に領域横断的なプロジェクトをFacebook上で立ち上げ、アートを介したコミュニティとの接続を試みています。このプロジェクトは、Facebook上で私たちがアートに関する講義や、参考図書、リンクを提供していくというものです。同時に、このような状況を受けて、コロナ後の世界のアートの変化にも関心を持ってもらいたいと思っています。自然に優しい素材、そしてそれらについて主観的なアプローチで考えてもらいたいと思っています。

それに加えて、私は次のプロジェクトのためにいくつかのアイデアを展開しています。というのも、この新型コロナウイルスの状況は、芸術、文学、経済、人間の世界を変えると思うからです。これらすべてのことについて再考しなければならない状況が生まれています。なぜなら、この状況は私たち全員(分け隔てなく)を、世界中で同じ地平の上に立たせたからです。それはまるで、新しいルネッサンスが始まるようにさえ思えます。

仕事の関係では、今は大学の講義の準備をしているのですが、大学がいつ始まるかわかりません。私はオンライン講座を受講したり、部屋の模様替えをしたり、本を読んだり、映画を見たり、家事をしたりして過ごしています。このようにして、この期間を乗り切ろうとしています。

ケンジ(注:福岡のアーティスト、牧園憲二氏)にもよろしく伝えてください。福岡が懐かしいです。糸島、稲荷の集落、そこで食べたうどん、川沿いの道、屋台
ケンジの黄色い車。これらを恋しく思うときがあります。私にとっては初めての海外の旅の記憶で、忘れられないものです。福岡アジア美術館に感謝しています。

ジハン・カリム





What are you doing at home? - Asian Artist Ver.

05. Zihan Karim  (Visual artist | Bangladesh)


Born in 1984 in Chittagong, Bangladesh.

Residence] Sep 18, 2014〜Oct 28, 2014

Zihan Karim participated in the Exchange Program at the fifth Fukuoka Asian Art Triennale and created two works. "to C" is a collaborative installation work using disused objects with a Fukuoka-based video artist, Makizono Kenji and was displayed at the 2014 Itoshima International Art Festival. "Tori kara (From Street)," another site-specific video work, was displayed under the bridge over the Hakata river during the Hakata Riverain Lantern Festival.

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2020.05.04

Hi everyone, this is Zihan Karim from Bangladesh. I live in a port city called Chittagong. I am currently working as an assistant professor at the institute of fine arts, University of Chittagong. And I 'm also a core member of "Jog art space," where we organize the experimental exhibitions on the street as well as workshops and seminars.

In this pandemic situation in Bangladesh, the infection of COVID-19 has been rising like the wave (Currently, 14000 people have been infected). Our medical testing system is not much equipped to identify the infection. According to the data I got from media, I assume that the number should be more. Government took place a lockdown of the city for 40 days. But in terms of the people’s livelihood, the lower-class people, especially those working for garments, food shops, markets, pullers, and beggers, need to go out for work. So, the lockdown seems to be slightly working only for the upper-middle and high-class, such as doctors or bankers.

Our artist communities are mostly trying to help the people in several ways, like raising money and giving food to the poor, trying to help the doctors by providing proper PPE. For example, in Dhaka, Some artist communities made the face-shields for doctors. Some art initiatives also create the online exhibition events relating to this pandemic situation.

I belong to a group consisting of my school friends for raising the fund for the poor communities. Four of our colleagues from my university also formed an initiative to start an interdisciplinary project on Facebook with our students, so that we can be connected with them through art. As the project is running, we are giving lectures, references, video links, etc. on Facebook. Also, we want to have the students think about global art change after this situation. We need to be more concerned about the eco-friendly materials and think about it more subjective approach.

Besides that, I am developing some ideas for my next project. Because I think this COVID 19 situation will change the art- literature- economic- human world. It creates the condition to rethink all these things. Because this is a situation made us all (no classification) stand on the same ground all over the world, .it never happened before. It feels like a new Renaissance is on the way.

Relating to my job, I am preparing some lectures for my class; even I don't know when the university will start. I'm attending some online courses, doing layouts, reading books, watching films, and doing family work. I am trying to survive this time in this way during the period.

Say hi to Kenji, and also mention that... I miss Fukuoka, Inani village, Itoshima, Udong at Inani, the road beside the river, Yatai, and his yellow car. I miss them. That was the first abroad journey I will never forget. Grateful to FAAM.

Warm wishes
Stay safe

Zihan Karim

2020年6月1日月曜日

#おうちであじび 🎤おうちで何してる?(アジアのアーティスト編)🎤 Vol.4

※English below※

本シリーズでは、レジデンスプログラムや展覧会であじびに滞在したことのあるアーティストに、今住んでいる街の様子や自身の状況、また現地での芸術活動についての報告を紹介していきます。第4回目は、台湾在住のアーティスト、キャンディー・バードさんからの現地報告です。

第4回:キャンディー・バード (アーティスト / 台湾)


1982年、台北に生まれる。2006年、華梵大学芸術学部卒業。街の中の巨大な壁面に、社会や歴史に取材した人々の姿を描き出すアーティスト。

[招へい] 2019年2月18日〜2019年3月29日

滞在中の活動
東アジア、文学、壁画、ストリートアートにフォーカスしたアート・プロジェクト「アザーズ(他者)」を実施した。移住者や自分の場所になじめずに疎外感を抱く人々などを取材して、彼/彼女らに私的な物語を書いてもらい、それらを壁画に描き出した。完成した作品は、同年10月に開催された「博多旧市街まるごとミュージアム」に出品された。

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2020年5月04日

連絡ありがとうございます。この困難な時代だからこそ、お互いがより繋がっていければと思います。

私は今台北にいます。(新型コロナウイルスの)状況はそこまでひどくなかったので、私を含め多くの人が台湾に住んでいてよかったと感じています。こちらは普段通りの生活で、美術館やギャラリーも開いています。唯一残念だったことは、ウイルスをめぐって台湾とWHOのあいだで起きた政治ドラマをインターネット上で目にしたことぐらいです。

3月から5月9日にかけて台北で個展を行っていました。新型コロナウイルスの影響で、ギャラリーでも体温の計測、マスクの着用、実名での予約制等、厳格な措置が取られていました。オープニングに全員マスクを着けて参加してくれた光景は、私にとってもいつもと違うユニークな経験になりました。個展の方も結果的にはうまくいったと思います。

今は、今年の夏に予定されている嘉義市立美術館でのグループ展に参加するため、嘉義市の歴史に関するアートプロジェクトを準備しています。嘉義市は、日本統治時代に優れた美術作家たちを輩出したこともあり、台湾の美術史のなかでもユニークな地位を占めています(野球でも有名です)。

台湾の感染症対策については、海外からの情報が信頼できないこともあり、政府はかなり早い段階で独自の感染症対策を整えていました。また、台湾では2003年頃のSARSの苦い経験を皆がまだ覚えていたという点もあります。現在、台湾の状況は良くなってきているようです。今日(5/4)の時点では、一名の感染者が確認されただけです。もちろん、まだ心配はありますが、世界の状況が良くなっていくことを願うばかりです。

私の仏教の師であるリンチェンドルジエ・リンポチェが、地上の生命がどのようにして感覚を持って生まれてくるのかについて、仏陀の説話を話してくれました。仏陀によると、生命は「胎生(胎内から出生するもの)」と「卵生(卵から出生するもの)」、そして「湿生(ダニのように湿り気、水気がある場所から出生するもの)」があり、さらに転生することなしに変化を生み出す「化生」という分類があり、ウイルスはこの「化生」に分類されるとのことです。

ウイルスが人間を傷つけるのは、人間が動物を殺したり傷つけたりすること(肉食も含めて)を止めないからです。もし人間がこのような行いをやめて、自然を守ろうとするのであれば、人間はウイルスによって傷つかずにすむようになるかもしれません。師の話を簡単に要約すると、以上のようになります。

新型コロナウイルスが収束したあとには、また日本、そして福岡に行くことできればいいなと思っています。

キャンディ・バード


What are you doing at home? - Asian Artist Ver.

04. Candy Bird (artist | Taiwan)



Born in 1982. Lives in Taipei, Taiwan.

[Residence] Feb 18, 2019〜Mar 29, 2019

Activities during the residency
Since 2017, the artist has carried out the project, The Others, in various places in East Asia. The artist interviews the migrants or the people with a sense of alienation, invites them to write about their personal story, and turns it into a mural. During his stay in Fukuoka, Candy Bird found a local collaborator through an open-call, and they communicated through interviews and email correspondences. In the end, the artist completed a series of murals based on the stories written by the collaborator.


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2020.05.04

Thank you for your mail. I appreciate it, and we should be more connected to each other in this challenging time.

I'm in Taipei now. Since the situation has been not that bad, we feel that we are lucky living in Taiwan. Daily life is still going on as usual. Museums and galleries are still open. I saw some political dramas on the internet in terms of COVID-19 between Taiwan and the WHO. Maybe it would be the only bad thing.

Recently I did my solo show in Taipei from March to next Saturday (May 9). Due to COVID-19, the gallery took strict measures: Checking the body temperature, wearing masks, and asking a real-name booking for the audience before visiting. Everyone who came to my opening wore masks at that time. It's an unusual and unique experience for me. In the end, my exhibition turned out well.

I will join a group exhibition at the Chiayi Art Museum this summer. I'm now preparing my art project for the show, which is about Chiayi's history. Chiayi city has a unique position in Taiwan's art history (and it is also famous for baseball). There are some prominent artists born there in the last century around the period of Japanese rule.

Regarding the anti-epidemic measures in Taiwan, due to the no-trust about foreign country's information, the government had established its anti-epidemic system at a very early stage. Besides that, Taiwan had the SARS experience around 2003, and Taiwanese people still remember the bitter memories during that time. Now the situation of Taiwan seems to be getting better. Today (5/4), there is only one case confirmed. But, of course, I'm still a little bit worried about it. And I hope it will be better and better around the world.

My Buddhism master is RinchenDorjee Rinpoche. As he told, the Buddha explained to us how life on earth is born with senses. According to Buddha, life to be categorized into viviparous (born during pregnancy), oviparous (born from eggs), and moist (it grows in moist, watery, and humid places, such as dust mites.) There is also another kind of metaplasia; the change comes out without the reincarnation in the middle; the virus can be categorized into the last.

Viruses hurt human bodies because humans do not stop killing and harming animals (such as eating their meat). If people could stop to do so and protect the environment, people may be able to obtain an opportunity to avoid hurting from the virus. This is a brief description of what my master told me.

I hope I could go to Japan and Fukuoka again after the end of the COVID-19.

Candy Bird




2020年5月29日金曜日

#おうちであじび ✏️おうちで知りたいアジアのアート✏️Vol.8

リー・シュアン(李爽)の《赤い子供たちと家の神様》
(旧題《神棚の下の赤い子供》)の謎を解く

館長・運営部長 
黒田雷児

1 〈星星画会〉

 現在開催中のコレクション展「メッセージ アジア女性作家たちの50年」展(6月23日まで、アジアギャラリーB)の最初のコーナーに、きわめて謎めいた絵が掛かっています。リー・シュアン(李爽)の《赤い子供たちと家の神様》(以下『赤い子供たち』)です(これまで《神棚の下の赤い子供》としてましたが、今回の調査をふまえて日本語題名を修正しました。後述。)


挿図1 第2回星星展の李爽とその作品《希望の光》《赤い子供たちと家の神様》
Photograph by Helmut Opletal

 李爽は、1979年に結成された中国現代美術史上最初の前衛美術グループである〈星星画会〉(以下〈星星〉)のメンバーで、この作品はその第2回展(1980年8月20日~9月7日、北京・中国美術館)で発表されました。〈星星〉は、ホアン・ルイ(黄鋭)、マー・ドーション(馬徳昇)らを中心に結成されたグループで、1979年9月の街頭展を創立展とし、1983年8月のグループ展まで活動を続けました。〈星星〉は、共産党による人民の宣伝・教育のための毛沢東様式や高度な技術によるアカデミズムが求められる「全国美術展」とは無縁の、自主独立の美術グループであり、同じ頃の〈無名画会〉や〈草草〉よりも高い政治意識をもち、雑誌『今天』を発行していた詩人や評論家とも連携して、中国美術の新時代を切り開きました。

 ただし〈星星〉は、特定の理念・芸術様式を主張したグループではなく、注目されたワン・コーピン(王克平)による政治的寓意を秘めた作品で代表されるものでもありません。ポスト印象主義、ピカソ、マティス、シャガールなどのヨーロッパのモダニズム様式を取り入れ、政府・美術大学から独立したグループ展により、共産党の理念とは無縁な個人の感性と思想を表現しただけで、十分に革新的だったのです。しばしば「太陽」で象徴された唯一にして絶対的な指導者=毛沢東に対して、自ら「星星」を名乗ったことにも個人を重視するメンバーの姿勢が現れています。

 中国美術館の東隣の公園(「花園」)の鉄柵を使った最初の〈星星〉展は、同美術館で国慶節にあわせて開催中の「建国30周年記念美術展」の会期にぶつけて1979年9月27日から開かれ、官製アカデミズムへの対抗を示すものでした。しかしこの展示は3日目に当局によって「人民の正常な生活と社会秩序を乱す」として中止させられ、その措置に抗議し表現の自由や民主化を求める〈星星〉メンバーの一部は、10月1日、建国以来最初となる「官製」ではない街頭デモを敢行します。『今天』や論壇誌『四五論壇』などからの支持も受けたこの美術家の行動は、「民主の壁」(注)にあらわれた中国社会の変化を示すものとして海外のメディアにも広く報道されました。また会期中には都心部をゆきかう一般市民向けのアンケートをおこない、〈星星〉の前衛的な作品にも好意的な反応が目立ったこと、第2回展が8万人もの観客を得たことから、星星による「解放された思想」(ボ・ユン[薄雲]の言葉)を求める行動が決して孤立したものではなかったことを示しています。
(注)民主の壁=1978年秋頃から1979年3月29日まで、北京中心部の西単で大字報(壁新聞)が発表された壁。中国の民主化運動として国際的に知られる。 


挿図2 第1回星星展(北京・中国美術館横空き地) 左手前から劉迅(北京市美術協会)、李爽、ひとりおいて王克平 1979年9月27日 Photograph by Li Xiaobing
(出典:http://collection.sina.com.cn/ddys/20130819/0904124140.shtml


2 文化大革命の「傷痕」 

 
挿図3 リー・シュアン(李爽)『赤い子供たちと家の神様』 1980年 

 前述のデモにもイェン・リー(厳力)とともに参加した李爽は、〈星星〉創立時では唯一の女性メンバーでした。父親が清華大学の教員であったために、文化大革命時代には「黒五類」(注)のひとつである「右派」として父親は紅衛兵に批判され大学に幽閉され、李家も5回にわたって紅衛兵の捜索を受けるなど、少女時代に家族とともに文革の苦しみを経験しました。骨董商をしていた母方の家族の影響もあって13 歳から絵を描きはじめた李爽は中国青年芸術劇院で舞台美術を担当、〈無名画会〉のメンバーや詩誌『今天』の詩人らによる非公式の文化サロンに出入りするなかで『今天』の黄鋭から誘われて〈星星〉第1回展に参加します。

 1969年、ジャン・ジーシン(張志新)という女性が毛沢東思想を批判して投獄され、1975年に殺害されました。李爽には《赤、白と黒》など、〈星星〉創立展の少し前に名誉回復されたこの張志新の悲劇を扱った作品もありますが、この《赤い子供たち》には直接の政治的メッセージはなさそうに見えます。題名も作品中の図像もあまりに謎めいているため、このたび、フランス在住の作家にメールでインタビューをおこない、初めてこの作品を読み解くヒントを得ることができました。

 中央にいる男の子によりそう犬は作者自身。「黒五類」は個人の価値をその出身階級・経歴から断罪するものなので、その家の子供も「犬畜生の子」と呼ばれ差別されたのです。なおこの作品とともに星星第2回展に出品された木版画作品『荒野のわが友』(当館所蔵)でも自分を犬に象徴させています。左には女の子を守ろうとするような母親がいますが、その首には、作者の心の迷いを表すという不気味な緑色の生き物がまとわりついています。右側に青黒いシルエットだけで描かれた女性は、よく見れば体中に棘が刺さり、文革で家族みんなが受けた苦痛を思わせます。その女性は、中央上の赤いハート形に手を伸ばしています――このハート=赤い心臓は、理不尽な苦しみから家族を解放してくれるかもしれない神的な存在を表します。「黒五類」として糾弾された彼女は、「黒」を否定するかのようにあえてここで熱く息づく心臓を「紅(赤)」で描き、題名としました。赤い心(臓)は、本来は寛大な心で家族を遇してくれるはずなのに誰も助けてくれなかった、という作者の怒りに満ちた詰問を思わせます。右上の気球のような形は、作者が子供のときに見た夢に関係があるようですが、この作品では自由・解放への希求を表していると考えてもよさそうです。
(注)黒五類=文革初期に労働者階級の敵とされ批判された、地主、富農、反革命分子、破壊分子、右派とその家族。

 するとこの作品は、1979年から中国美術界に登場した、文革時代の悲劇をテーマとした「傷痕芸術」の流れにあるとも考えられます。〈星星〉が登場した年でもある1979年は、路上での紅衛兵の蛮行を描いたチョン・ツォンリン(程叢林)の《1968年X月X日雪》、惹かれあう若い紅衛兵の男女の悲劇を描いた連環画《楓》が発表された年です。これらの高度な写実技巧による重厚な画風と、李爽の即興的で表現主義的な画風はかけ離れていますが、公然と語ることが困難だった文革の悲劇を芸術のテーマとする点で共通していたのです。

 では、そのような意味をこめた「神台下的紅孩」という題はどのように訳せばいいでしょうか。当館ではこれまで《神棚の下の赤い子供》と直訳していましたが、上記のように、ここには中国の伝統的な「神台(神棚)」が具体的に描かれているわけではありません。ここでいう「神」は特定の宗教の神ではなく、暖かく寛大な心をもつ、神のような存在と思われます。紅衛兵や周囲の人々の暴行・糾弾から家族を守ってくれるはずの父親が行方不明であり、その父親に代わって家族の苦しみを本来は理解し、救済してくれるべき存在、本当に存在するかもわからないが絶望や怨恨を超えて求めざるを得ない対象、それが想像された「神」なのでしょう。作者があえて「神」でなく「神台」としたのは、家に常駐して家族を守る存在を明示するためでしょう。以上をふまえて、「子供たち」による、見えないけれども家を守ってくれる神への願いを強調するため、直訳を避けて、日本語題名を《赤い子供たちと家の神様》と改めてみました。

 なお作者は、この《赤い子供たち》を描くことによって父親を家に取り戻したいという願いをこめて描いたそうです。果たしてその願いはかなえられたのでしょうか? 男の子が中央を占めるのに対し、女の子が画面の端に追いやられようとしているのは、男子の子孫を優遇する習慣を示すものでしょうか? そもそも、なぜ作者は、題名となる子供でなく、犬に自らを象徴させたのでしょう? 緑色の生き物と青黒い人物は家族の一員でしょうか、あるいは?――この作品の謎はまだ完全には解明されていないのです。


3 解放された欲動

 《赤い子供たち》全体の様式は、強烈な原色を平面的に配列したマティス、人物や動物が重力を無視して配置されたシャガールの絵などを思い出させますが、〈星星〉第2回展にいっしょに出品された《希望の光》が淡い色調と直線を主とした構成によるのと対照的です。《希望の光》完成後に突然意欲がわきおこって寝床のシーツを裂いて描いたという作者の証言からしても、心中にわきあがるイメージをいっきに吐き出したようです。それはシュルレアリスムのオートマティズム(自動筆記法)を思わせますが、それは意識による抑圧や芸術的配慮を経由しない表現を求める手法でした。前述のように、この作品によって自分の家への父親の帰還を願ったという作者の言葉と、左の母親像にまといつく不気味な生き物は、文革による社会からの迫害という状況だけでは説明がつかない、抑圧された情動も感じさせます。

 李爽は、〈星星〉の活動にも好意的だったフランス大使館の職員、エマニュエル・ベルフロワと交際し、当時は外国人との結婚を禁じていた中国の法律により、1981年9月9日に逮捕されます。それは〈星星〉による政府批判を好ましく思わない政府による介入と思われましたが、他の〈星星〉メンバーは逮捕を免れました。のちこの「李爽事件」は、フランス政府を巻き込んだ釈放運動につながり、そのおかげで1983年に釈放された李爽はフランスに渡り、翌年にベルフロワと結婚します。このエピソードにも、彼女の自由奔放な生き方が現れており、当館所蔵の彼女の木版画作品『離別』(1980年)は恋人との海を隔てた別離を予言していたと作家は考えます。しかし『赤い子供たち』に見る激しい表現を、この「事件」に現れた「女性性」によって説明するべきではありません。なぜなら、〈星星〉の短い運動がめざしたものは、アカデミズムやプロパガンダでは決して表現することができない、政治や社会の規範と衝突せざるをえない個人の激情や欲動の解放であったからです。そう考えると、主導者であった黄鋭の明快な構成、王克平のグロテスクなイメージによる政治性などよく知られた〈星星〉の作品と比べても、この『赤い子供たち』は、内面の鬱屈をストレートに解放した点で、〈星星〉の重要な一面を代表する作品ともいえるでしょう。

 ここで再び〈星星〉メンバーにもどって考えれば、中央美術学院で美術史や壁画を学んだ作家や、アイ・ウェイウェイ(艾未未)や李爽のように舞台美術の仕事をした作家がいますが、専業美術家は北京画員のシャオ・フェイ(邵飛)くらいで、ほとんどは正式の美術教育を受けていないアマチュア画家でした。中心人物の黄鋭も詩人として出発しました。すると当然、全アジアでも最高度の技術を身につけた美術学校卒業生と比べれば、〈星星〉作品のほとんどは技術の稚拙さを隠せません。しかし、〈星星〉がアマチュア美術家であったからこそ、官製美術展・美術教育の枠内では絶対に不可能だった「前衛的」実験につきすすむことができたとも考えられます。実際には〈星星〉作品には、寓意や象徴性のない、人物・風景・静物を写生しただけの作品も多く見られます。〈無名画会〉と同じく、いっさいの政治的効果や社会的認知への野心を顧慮せず、純粋に「描く喜び」を解放させるというアマチュア精神こそが、中国の特殊な状況では歴史的な転換を起こすことができたのです。

 1980年代半ばに「85美術運動」として中国各地で爆発した前衛美術は芸術内の実験に専心し、1990年代以後に世界を制覇していった中国美術が国際展のスペクタクルと強力な美術市場に吸収されていったことを考えれば、政治との対決をもおそれずアマチュア精神で表現の欲動を解放した〈星星〉の短命の活動は、現在の美術状況のなかでこそみずみずしさをとりもどすのではないでしょうか。

参考文献

呂澎、易丹『中國現代藝術史 1979-1989』(長沙:湖南美術出版社、1992年)
許静璇編『星星十年』(企画:張頌仁)、香港:漢雅軒2、1989年 Hui Ching-shuen, Janny (Ed.) The Stars: 10 Years (curator: Chang Tsong-zung) (Hong Kong: Hanart 2, 1989)
牧陽一『アヴァン・チャイナ―中国の現代アート』(東京:木魂社、1998年)
東京画廊、田畑幸人『要芸術自由・星星20年』(東京:東京画廊、2000年)
李爽访谈(王静によるインタビュー、2007年8月)星星画会(The Stars Art)ウェブサイト
霍少霞『星星藝術家:中国當代藝術的先鋒1979-2000』(台北:藝術家出版社、2007年)
Kuiyi & Andrews Julia F. Shen, Blooming in the Shadows: Unofficial Chinese Art, 1974 - 1985 (New York: China Institute Gallery, 2011)
陳海茵「中国現代アートとアクティビズムにおける『政治』の多義性――ポスト文革期の前衛芸術グループ『星星画会』を事例に――」、『年報カルチュラル・スタディーズ』5号(カルチュラル・スタディーズ学会、2017)、97-118.

2020年5月17日日曜日

#おうちであじび ✂おうちであそぼう🖌 Vol.7 ワークショップ:「箱形カメラ人間になろう!」(チェン・サイ・ファ・クァン/シンガポール)

#おうちであじび
おうちであそぼう🖌 
Vol.7 ワークショップ:「箱形カメラ人間になろう!」(チェン・サイ・ファ・クァン/シンガポール)

このワークショップは、2013年にあじびに滞在したシンガポールのアーティスト、チェン・サイ・ファン・クァン(サイ)さんが小学6年生134人と行なったものです。
ワークショップは、ピンで穴を開けた段ボールの箱をペイントして頭から被り、いろいろな場所で箱の中に写るイメージ(像)を見る、というものでした。その際、サイさんがカメラの仕組みを説明するために、暗くした部屋の窓からピンホールで光を取り込んで部屋の中にイメージ(像)を写し出して見せてくれたのがとても面白かったので、紹介します。
 皆さんのお部屋でもぜひ試してみてください!



【準備するもの】
 ・遮光カーテン、段ボール、板など、窓を塞ぐもの
 ・10×10cmくらいの黒くて透けない紙、またはベニヤ板など
 ・キリや針など穴を開けるもの
・ガムテープ
 ・白い厚紙、パネル、トレーシングペーパーなどイメージ(像)を写すもの


【作り方】


①10×10cmのベニヤ板(または黒くて透けない紙など)にキリや針などで小さな穴を開ける










②ベニヤ板を窓に固定する 















③遮光カーテンなどで窓を塞ぐ



④ピンホール以外から光が入らないようにする




⑤部屋の明かりを消して、白いパネルなどにイメージ(像)を写してみましょう。
白いパネルを動かして像を結ぶ場所を探してください。トレーシングペーパーはイメージが透けてきれいに見えます。
上の写真は、美術館の窓からアンパンマンミュージアムの天井を写し出したものです。
実物はもっと鮮明に、イメージ(像)は、逆さまに写っています。
車が走っている様子などを動画で見ることもできます。


◇サイさんの滞在中の活動(2013年)はこちら




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