2018年12月5日水曜日

アジアの木版画運動展 アートカフェにも特設コーナー設置中!


 「闇に刻む光:アジアの木版画運動1930s-2010s」の開催に合わせ、アートカフェにも関連コーナーを設置しています。
展覧会に関連した書籍を手に取ってご覧いただけます。
 
ミュージアムショップでは資料価値も高い渾身のカタログを販売中。在庫が切れていましたアジア美術館の所蔵作品カタログ『アジアコレクション100』も入荷していますので、合わせてご覧ください
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During the exhibition "Blaze Carved in Darkness: Woodcut Movements in Asia 1930-2010s," a special book corner is set up in Art Cafe on the 7th floor. Please come by to read the related catalogs and books.

The exhibition catalog is on sale at the museum shop with other related books. Fukuoka Asian Art Museum's collection catalog "Asia Collection 100" has also been reprinted lately. Please stop by and take a look

アジアの木版画運動展 イベントレポ『みんなでフミフミ、足踏み版画ワークショップ』



12/1(土)に行われた週末ワークショップの様子です。

F.P.C【ふくおか版画同好会】Fukuoka Printmaking Clubのみなさんにお越しいただき、リトグラフの原理を用いた足踏み版画ワークショップを行いました。

 描いた絵がそのまま版画になる...というのは、言葉では分かってもなかなかイメージしにくいもの。でも実際に自分の手を動かして体験することで「なるほど!」と、版画の工程がわかってきます。
しかも一度体験すると「今度はこんなことを試してみたい」となるようで、2回目挑戦される方も
また、絵を描いている時は真剣な表情の参加者のみなさんが、足で踏んで印刷する工程になると、とたんに笑顔で楽しそうに体を動かしていらっしゃったのも印象的でした。

たくさんの方に足踏み版画をご体験いただき、ありがとうございました。
次回の週末ワークショップは12/15(土)です。こちらは事前申し込み制となっていますので、ご興味のある方は、申し込み方法をイベントページにてご確認の上、お申込みください。
まだ年賀状つくって...いない!という方、おススメですよ
https://www.facebook.com/events/332712537511353/

 

「闇に刻む光 アジアの木版画運動1930s-2010s」展開催!


2018年度の特別企画展!


闇に刻む光 アジアの木版画運動1930s-2010s】

◇会期:2018年11月23日(金)〜 2019年01月20日(日)
◇会場:福岡アジア美術館(7階企画ギャラリー)
◇観覧料:一般1000円 高大生700円 中学生以下無料
◇ローソンチケット(Lコード82659)で発売

★本展特設サイト
https://asiawoodcut.wordpress.com/

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SPECIAL EXHIBITION
"Blaze Carved in Darkness: Woodcut Movements in Asia 1930s-2010s"
Since the 1930s to recent years, woodcut prints have been used as a means to deliver political messages of anti-colonialism, democratization, and labor movements. They have also been used to awake people's awareness and to motivate the self-expression of the mass. With a large selection of woodcut and linocut prints, mass-printed materials and relating documentations, this exhibition seeks to articulate the spirit of resistance that forms an essential part of Asia's contemporary history.
Period: Friday 23 November- Sunday 20 January 2019
Venue: Exhibition Gallery (7F)
Tickets: Adult ¥1000 High school &College ¥700
*Free for junior High school and under
★Website
https://asiawoodcut2.wordpress.com/

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특별 기획전
『어둠에 새겨진 빛 아시아의 목판화 운동 1930s-2010s』
목판화는 회화나 조각에서 사용되는 특별한 도구가 없더라도 값싼 재료를 사용해서 여러 작품을 제작할 수 있는 DIY의 성격을 가지고 있다. 그렇기 때문에 전문성을 띄는 다른 미술의 장르에 비해 대중적인 기능을 가진다.
그 때문에 목판화는 종종 아시아 각지의 정치운동, 사회운동 안에서 제작 되면서, 지배 와내전 중인 1930년대 중국에서 부터 오늘의 동남아시아 각지에서 반글로벌리즘 운동에 이르기까지, 억압된 민중의 환경을 전하고 민중에게 주체성을 되찾기 위해서 제작되었다.
본 전시는 아시아 지역의 사회운동 속에서 목판화가 한 역할을 재평가하고 아시아 각지의 목판화운동이 주목할 움직임을 보인 시대에 초점을 맞추고, 다른 시대와 지역을 잇는 판화 운동의 네트워크를 소개한다.
*2018년11월23일(금) ~2019년1月20일(일)
*후쿠오카 아시아 미술관 7층 기획갤러리
*티켓/ 어름 1000엔 고등 대학생 700엔 중학생이하 무료
★Website
https://asiawoodcut2.wordpress.com/

2018年10月25日木曜日

「博多旧市街まるごとミュージアム」いよいよ開催!

 歴史を感じる舞台でアート作品を展示する屋外型アートイベン卜「まるごとミュージアム」。その第2弾として、今回は博多旧市街エリアを舞台に開催します。中世最大の貿易港湾都市・博多の中心として栄え、今も中世に由来する歴史・伝統・文化が数多く伝わるこの地域に、屋外ならではの巨大な作品や、作家が福岡に滞在し制作した作品など、国内外の7名・組の作家による多彩なアート作品を展開します。「古い」と「新しい」が混在した今までにない発見を、秋の博多で体験してみませんか?

詳細は、
博多旧市街まるごとミュージアム

[会  期]
  2018 年10月31日(水)~ 11月4日(日)
※冷泉公園会場のみ、11/1(木)~11/3(土)

[会  場]
 出来町公園、龍宮寺、「博多町家」ふるさと館、
冷泉公園、  川端通商店街、福岡アジア美術館、
博多座


[料  金]
 無料
 ※龍宮寺のみ17:30以降は、博多旧市街
   ライトアップウォークチケットが必要

[出品作家]
◆鈴木 康広
1979年生まれ、東京在住の美術作家。日常の見慣れた事がらを、遊び心にあふれた独自の「見立て」によって作品化し、注目を集めています。今回は冷泉公園の芝生の上に、全長18mの大きな≪空気の人≫が出現します。
※雨天の場合、別会場で展示予定

◆ヴー・キム・トゥー
1976年生まれ、ベトナム・ハノイ在住の美術作家。福岡アジア美術館のレジデンス事業で9月より2か月間福岡に滞在。福岡の街をテーマに、紙で作ったランタンによる光のインスタレーション作品を、三宝大荒神堂内に設置します。(平成30年度文化庁アーティスト・イン・レジデンス活動支援を通じた国際文化交流促進事業)

◆ストーリーボックス
2010年に設立されたマルチメディア・スタジオ。ニュージーランドを拠点に、「物語」を多彩な手法で紡ぎだす作品を発表してきました。福岡では海上運送用コンテナを用いた大掛かりな映像インスタレーションを展示します。

◆牛嶋 均
1963年生まれ、久留米在住の美術作家。舞踏家・田中泯との出会いから、身体パフォーマーとしても活動。遊具としても遊べる造形作品で知られていますが、今回は山型の構造物に特殊な照明(制作:市川平)を組み合わせた新作を発表します。

◆とよだ まりさ
福岡市文化芸術振興財団機関紙「wa」78号の表紙を飾った北九州在住の画家・とよださんが、龍宮寺に伝わる「人魚伝説」にちなんだ新作を展示します。僧侶でもある彼女が描く色彩豊かでユニークな作品とお寺との親和性もお楽しみください。

◆モー・ジアチン/莫佳青
1993年生まれ、中国・杭州在住の映像作家。福岡アジア美術館のレジデンス事業で本年5~7月に福岡に滞在し、福岡の人々とともに、近未来的な台所をイメージした映像作品を制作。カラフルな撮影セットとあわせて展示します。(平成30年度文化庁アーティスト・イン・レジデンス活動支援を通じた国際文化交流促進事業)

◆チュンリン・ジョリーン・モク
1984年生まれ、香港在住の映像作家。2015年福岡に3か月間滞在し、川端通商店街の16店舗の日常を暖かな視点で構成した映像作品を制作。今回初めて作品の舞台である川端通商店街の中に展示します。

[主催]
まるごとミュージアム実行委員会
[福岡市、(公財)福岡市文化芸術振興財団]

[問い合わせ先]
まるごとミュージアム実行委員会事務局
(TEL:092-711-4969)

*福岡アジア美術館では、
  7階ロビー:モー・ジアチン/莫佳青(中国)「魔法の薬」
  M8ラウンジ:ヴー・キム・トゥー(ベトナム)のワークショップ作品
 を展示します。

2018年8月31日金曜日

9/15ヴー・キム・トゥーさんのトークを開催!

滞在作家によるトーク~これまでの活動と福岡での予定~


この秋、2018年度美術作家招聘事業二人目のアーティストとして、福岡アジア美術館には、ヴー・キム・トゥー(ベトナム)が約2か月間滞在し、制作やワークショップなど、美術を通した様々な交流活動を行います。
 来福後初めてとなる今回のトークでは、自己紹介をかねて、これまで発表した作品や福岡での活動内容などについてお話ししていただきます。ぜひご来場下さい。

[日 時] 平成30年9月15日(土)14:00~15:00
[会 場] 福岡アジア美術館 7 階 アートカフェ

*入場無料・逐次通訳(事前申込不要)*



 [講師紹介]
ヴー・キム・トゥー Vu Kim Thu
2003年シカゴ美術館付属大学にて修士課程修了
紙を使ったランタンによって繊細なインスタレーション作品を制作するアーティスト。
ベトナムを拠点に活動し、世界各地で滞在制作・作品発表を行っている。
(滞在期間:9月11日~11月9日)



2018年7月27日金曜日

レジデンス研究者 滞在レポート②

6月18日から当館に滞在しているキムさんのレポートをお届けします。
福岡の「ゆかり」からひもとく、アジアやアートについてのテキストをぜひご覧ください!
*English version is below

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執筆者:キム・ジョンヒョン(金正賢)
(1985年ソウル生まれ/批評家、インディペンデント・キュレーター)


『福岡の「ゆかり」』
アジ美に滞在中、ここ数年韓国美術界で話題になっている「アジア」について考えてみたかった。しかし約一ヶ月という限られた時間を、研究室に籠って山のような書籍や資料に向かうことだけに使うのはもったいなので、複写禁止の貴重資料とアジ美所蔵品を研究する時間以外は、こまめに人に会い、様々な場所をまわった。これまで北九州、久留米、大分を訪れ、今後山口と広島を訪れる予定だ。
先日九州産業大学美術館が開催したシンポジウムで、川浪千鶴氏(元 福岡県立美術館 学芸課長)の発表を聞く機会があり、その中で「ゆかり」という言葉が記憶に残った。福岡出身でなくても「ゆかり」ある作家たちとプロジェクトを行ってきたという話の中で登場した言葉だ。
出生地でも活動拠点でもない場所と「縁を結ぶ」こと。ソウルを拠点とする私は、この機会にソウルと福岡、そして光州と福岡との縁を結ぶことになるのだろうか?福岡は釜山と近く、釜山の美術界と密に交流をしていると聞き、まだ一度も行ったことがないスペースや、あまり知らない作家やキュレーターの話を聞いて、自分自身が韓国美術界ではなく、ソウル美術界に属するということを再認識させられた。韓国、ソウル、光州、福岡、釜山+平昌(平昌ビエンナーレの資料はアジ美に来て初めて見た)、マレーシアと中国(私の滞在期間と重なったレジデンス・アーティストたち)、日本と東京(日本の現代美術資料との思いがけない出会い)+アジア(アジ美の研究対象等)…
様々な地域区分がごちゃ混ぜになっているが、これらの地域と現代美術には一体どのような関係があるのだろうか?誤解を恐れずに、上に出てくる地域をざっと分類してみると、以下のようになる。
- アジア:地域の集合体
- 韓国、日本、マレーシア、中国:国家、国籍
- ソウル、東京:首都、大都市
- 光州、福岡、釜山、平昌、北九州、久留米、大分、山口、広島:第2・第3の都市、その他の小都市=首都以外の都市
上記の分類から、次のような疑問が浮かんでくる。
- アジア美術のネットワークは、国家や都市のつながりから形成されているのか?韓国におけるアジア美術ネットワークの議論も、やはり地理的なつながりから派生しているのだろうか?
- 韓国美術(国家を代表する美術?)やソウル美術(首都美術?)、釜山の美術(第2・第3都市の美術?)、平昌美術(小都市美術?)をどのように定義できるだろうか?各都市に特有の美術を定義することは、地域特産品を宣伝するブランディング戦略とどう違うのだろうか?今ここにある生活を「発信する(誰に?)」という考え方に、地理的な多様性や違いはあるだろうか?現代美術における地理的思考とはどのようなものであり得るだろう?
- 地方都市を首都以外と定義するのは妥当か?(私はなぜそうした前提でこの投稿を書いているのか?)
- アジア美術と現代美術の関係とは?また現代美術とヨーロッパ中心主義/オリエンタリズムの関係とは?そしてアジア美術とヨーロッパ中心主義/オリエンタリズム/日本帝国主義における大東亜共栄圏構想の関係とは?
- (アジアの)現代美術における、地域交流の目的や方法、結果はどのように変化してきたのだろうか?
- そして最後に、こうした問いは美術批評の語り口(作品の良し悪しを論じる分析と判断の言語)についてどのような問いを投げかけるだろう。美術批評の在り方は批評から文体へ、文体から交流の記録や旅行記といったものに変わりつつあるのだろうか?(SNS上でその傾向は顕著なようだ)
作品について思考する際、こうした問いが役に立つかどうかは分からない。でも個別の問題を深める際も、こうした問い全体を忘れてはいけない。このメモは、いつかきちんと文章化すべき私自身の課題であり、なんとか今後の展示企画にも結び付けていければと思う。
それは「ゆかり」のためではなく、と人情味のない私は思っているのだが…


"The Ties with Fukuoka"
It was the idea of ‘Asia’ which began to rise in the Korean art scene recently that I wanted to think about while I stay in Fukuoka Asian Art Museum (FAAM). However, one month is not enough to review all the materials here and I decided to meet art people and look around museums and art centers as many as possible unless I examine some primary and original materials or collections of FAAM. One day, when I attended a conference organized by Museum of Kyushu Sangyo University, I was caught by a Japanese expression, ‘Yukari(縁)’, meaning the close connection or the ties among people. One of the speakers of the day, Kawanami Chizuru (the former chief curator of Fukuoka Prefectural Museum) mentioned in the context of her projects with the artists who are not born or based in Fukuoka but having some kind of connection.
Making the ties with somewhere you are not born or based in. Am I making such a connection with Fukuoka (at the same time with Gwangju)? Since I came here, I often hear about the Busan art scene, but because I have not much information about Busan yet, I suddenly realized that I’m rather inside of Seoul than in ‘(South) Korea’. Korea, Seoul, Gwangju, Fukuoka, Busan + Pyeongchang(I saw its biennale catalogue for the first time here), Malaysia and China (the nationality of residency artists I met here), Japan and Tokyo (of materials about Japanese Contemporary art) + Asia (the object of FAAM)….
Well, what’s the matter of contemporary art with these mixed geographical names? Though it might be not fully accurate, I sort of those mentioned above,
- Asia: regional union
- Korea, Japan, Malaysia and China: nation, nationality
- Seoul and Tokyo: capital, metropolis
- Gwangju, Fukuoka, Busan and Pyeongchang: the second or third city or small city (besides the capital)
Now, here comes up those questions,
- The Asian art network, is it the connection of countries or cities? What about in the case of Korea?
- How to define the art in Korea (the national art?), in Seoul (the capital art?), in Busan (the second city art?), in Pyeongchang (the small city art?)? What’s the difference between sales marketing strategies and this kind of artistic definition? How this way of thinking – sending the message (to whom?) here and now could be varied and transformed according to the difference of geographical position? What could be the geographical thought in Contemporary art?
- Is it okay to define the second or third city or small city as the outside of the capital? (Why I presumed so in this posting?)
-What’s the relation between the Asian art and the Contemporary art? What’s the relation between the Contemporary art and Anglo-eurocentrism/Orientalism? What’s the relation between the Asian art and Anglo-eurocentrism/Orientalism/the idea of the Greater East Asia of Japanese Imperialism?
-How the goal, way and the effect of cultural exchanges in Contemporary art (in Asia) have changed?
-In the end, how all these questions could be concerned about the language of art criticism? Does the matter of art criticism moved from the critic to style, then, from the style to friendship or travelogue? (It quite seems so in the world of social network.)
I am not sure how much these questions could be interesting when we see and think about the art works, but it seems quite apparent to keep in mind anyway. I should find a chance to develop these thought by writing deeply and reasonably as well as to create in forms of exhibition too.

큐레이터 레지던시 레포트 2
: 후쿠오카의 '유카리'(縁, 인연)
후쿠오카 채널? 서울의 ‘내부’에서 나는 지역 채널 역할을 한다고 생각해본 적이 없다. 2년 전 광주비엔날레 준비 포럼에서 ‘서울 미술계의 동향’에 대한 발표를 맡았던 적 있지만, 광주에서 서울에 관해서 말한다는 게 어떤 의미인지는 의식하지 못했다. 국외 레지던스 프로그램에 지원해 후쿠오카에 오기 전에도 예술과 지역이라는 화두는 내게 별로 중요하지 않았다. 이곳에서 내가 알아보고 싶던 건 후쿠오카아시아미술관(아지비)의 활동과 후쿠오카 트리엔날레라는 국제적인 행사의 기획 방식이었다. 최근 몇 년 한국 미술계에서 주요 화두로 부상한 ‘아시아’에 대해 생각해보는 것, 그리고 후쿠오카식 (뮌스터조각) 페스티벌 모형을 확인하는 것이 목표라면 목표였다.
그렇지만 첫 주부터 연구 계획이 흔들릴 수밖에 없었다. 그 이유는 이 레지던시가 연구를 위한 것이기도 하지만 ‘국제 문화 교류’의 일환이라는 걸 뒤늦게, 새삼스럽게 깨달았기 때문이다. 우선 지원 사업의 구조가 그렇다. 광주 아시아문화전당(ACC)과 후쿠오카 아지비의 교류 사업으로, 체류 경험을 바탕으로 만든 기획안을 ACC에 제출하게 되어있다. 약 한 달간의 방문 연구 기간에 나는 무엇을 보고 듣게 되는 걸까? 제한된 시간에 연구실에 틀어박혀 다 읽지도 못할 책과 자료하고만 씨름하는 건 어리석은 일인지 모른다. 자료는 복사하고 책은 구입하기로. 복사금지 자료- 소장품 리스트와 소장품 중 영상 파일을 집중 검토하는 시간 외에는, 만남과 탐방이 과제가 된다. 그렇게 많은 사람과 성실히(?) 술자리를 하고 이곳저곳을 돌아다녔다. 키타규슈, 구루메, 오이타, 야마구치와 히로시마(예정) 등등
규슈산업대학 미술관이 주최한 포럼에서 카와나미 치즈루(전 후쿠오카현립미술관 학예과장)의 발표를 듣던 중 ‘유카리’라는 표현이 기억에 남았다. 우리말로 옮기면 인연이라는 뜻인데, 후쿠오카 출신이 아니더라도 인연이 있는 작가들과 프로젝트를 해왔다는 이야기 중에 나왔던 말이다. 출생지와 활동 거점이 아닌 곳과 ‘인연을 맺는다’는 것. 내 경우에 비교한다면 서울에 사는 내가 이번 기회에 (광주와) 후쿠오카와 인연을 맺게 되는 셈일까? 후쿠오카는 부산과 가까워서 부산 미술계와 밀접하게 교류하고 있다는데, 한번도 가본 적 없는 공간이나 잘 알지 못하는 작가나 기획자 이야기를 듣고 있자면 내가 한국 미술계가 아니라 서울 미술계에 속한다는 걸(그것도 반푼어치겠지만) 의식하게 된다. 한국, 서울, 광주, 후쿠오카, 부산 + 평창(비엔날레 자료집을 여기 와서 처음 봤다), 말레이시아와 중국(체류 기간이 겹친 레지던스 작가들), 일본과 도쿄(일본 현대미술 자료를 뒤적거리다 마주치는) + 아시아(아지비의 연구 대상)…
그런데 범주가 뒤죽박죽인 이런 지리적 명칭과 현대미술은 도대체 무슨 상관이 있는가? 개념적 오류의 위험을 무릅쓰고 앞서 언급한 지역을 거칠게 분류해보자면,
- 아시아: ‘지역’ 연합
- 한국, 일본, 말레이시아, 중국: 국가, 국적
- 서울, 도쿄 : 수도, 대도시
- 광주, 후쿠오카, 부산, 평창, 키타규슈, 구루메, 오이타, 야마구치, 히로시마 : 제2, 3의 도시, 소도시 (‘수도 외’ 도시)
관련해서 이런 질문이 떠오른다.
- 아시아 미술의 지역 연합은 국가 간 연합인가, 도시 간 연합인가? 한국에서 부상하고 있는 아시아 미술 논의는 지리적 연합에서 시작하는가?
- 한국미술(국가 대표 미술?)과 서울미술(수도 미술?)과 부산미술(제2, 3도시의 미술?)과 평창미술(소도시?)은 어떻게 정의하는가? 도시 중심의 미술 정의는 지역 특산품 브랜딩 전략과 어떻게 다른가? 지금 여기의 삶을 ‘발신한다(누구에게?)’는 사고는 지리적 범주에 따라 어떻게 분화되고 변주되는가? 현대미술에서 지리적 사고란 어떻게 전개되고 있는가?
- 지방을 수도의 바깥으로 정의하는 건 타당한가? (나는 이 포스팅에서 왜 그렇게 전제했는가?)
- 아시아 미술과 현대미술은 어떤 관계인가? 현대미술은 앵글로유로센트리즘/오리엔탈리즘과 어떤 관계인가? 아시아 미술은 앵글로유로센트리즘/오리엔탈리즘/일본 제국주의 대동아공영권 주장과 어떤 관계인가?
- (아시아의) 현대미술에서 지역 교류의 목적과 방법과 결과는 어떻게 변화해왔는가?
- 이 모든 것과, 현대미술에서 작품의 좋고 나쁨을 가리고 논하려는 분석과 판단의 언어는 어떻게 관련되는가? 비판에서 문체로, 문체에서 다시 친목교류(?)나 여행기로 감상의 언어가 변화했는가? (소셜 네트워크에서는 꽤 그렇게 보인다.)
현대미술은 개인의 주관적 사고 표현을 흥미롭게 보여주지만, 보기에 별로 흥미롭지 않은 작업 중에 개인 단위의 창작 행위를 넘어서 현대미술의 물적, 정신적 토대를 탐사하려는 것들이 있다. (물론 후자의 경우이면서 보기에도 재미있는 것들이 종종 있다.) 여기서 늘어놓은 질문이 작품을 감상하는 데 얼마나 흥미로운 축이 될지는 모르겠지만, 개별적 단위를 파고드는만큼 놓치지 말아야 하는 것임은 분명하다. 페이스북 메모는 언젠가 체계적으로 글로 풀어내야 할 자율학습 과제이고, 이와 함께 반 의무적으로 지면 이외에 전시 기획으로 연결할 방법도 찾고 있다.
인정머리 없는 나는 유카리 때문이 아니라고 말하고 싶지만…
폭우가 지나갔고 전국에서 백여명이 목숨을 잃고 고속버스가 올스탑했었지만 저는 무사합니다.








2018年6月30日土曜日

レジデンス研究者 滞在レポート①

 
韓国光州国立アジア文化殿堂の支援を受け先週からあじびに滞在しているキムさんのレポートを毎週お届けします!
(言語が得意なキムさんには日韓英3か国語の記事を書いていただいております!)

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執筆者:キム・ジョンヒョン(金正賢)
(1985年ソウル生まれ/批評家、インディペンデント・キュレーター)

先週から5週間、福岡アジア美術館(あじび)のキュレーターレジデンシープログラムに参加ししています。これから時々、滞在レポートと、ここでの研究成果のニュースを伝えようと思います。レジデンシー滞在者ですが、美術館の実務を地道にサポートする予定なので、あじびをより深く見ることができそうですね。


 初日はこまかい雑務をこなしながら日本語のキーボードと格闘した後、広くて快適な滞在者研究室を満喫し、アジアギャラリーにいらっしゃったボランティアさんたちと、アジアの近現代美術で紹介されている、バン・ジョンア(韓国)の作品『こうやって生きています』(2007)とユ・キョンチェ(韓国)の作品『季節』(1962)を鑑賞しながら対話をし、錆びた日本語に油をさしたような時間でした。

 美術館内にはカフェにあるオープン型図書館(アートカフェ)があり、美術関係者や研究者だけでなく、一般の観光客もあじびのアーカイブを閲覧しやすくデジタルへ移行する以前からあじびが調査・収集してきた記録まで閲覧することができるのが良いです。人のノート盗み見て楽しく学び、ノートの持ち主たちとも思う存分交流していきたいと思います。

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Kim Junghyun 
(art critic, independent curator; b.1985, Seoul)

 I’m going to take part in the Curator Residency program at Fukuoka Asian Art Museum (FAAM or AJIBI in short) for 5 weeks (6/18-7/20). I will share some news from here or about my research from time to time.
I have a spacious and satisfying private office and hopefully get used to the Japanese keyboard soon. On the first day, two senior docents asked me about two Korean paintings now showing at the collection exhibition and I enjoyed talking with them trying to remember Japanese I learned long time ago. One is Bang Jeong-ah’s <My Job>(2007) depicting the seaside daily life of Busan and the other one is Ryu Gyung chae’s abstract painting titled <Seasons>(1964).
Ajibi has a big open library next to the café and the museum shop. It must be more accessible to people than a book shop. I am also allowed to use the curators’ materials - somethings are hand-written and old-established enough to stimulate my curiosity like peeping someone’s secret notes. I will surly enjoy this precious chance and never forget to get along with the owners of those fascinating notes.

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오늘부터 5주간 후쿠오카 아시아 미술관(FAAM 또는 아시아미술관의 약자로 '아지비') 큐레이터 레지던시 프로그램에 참여합니다. 레지던시 연구자이지만 미술관 실무도 틈틈이 돕기로 했습니다. 첫날부터 일을 맡아 일본어 키보드와 씨름 중이지만 전용 작업실이 생겼고, 전시장에서 도슨트 선생님...들의 질문을 받아 방정아 작가의 <이렇게 살아갑니다>(2007)에 대한 이야기를 나누며 녹슨 일본어 실력에 기름칠도 했습니다. 미술관 카페 옆에 오픈형 도서관(서점이 아니라)이 있어 관계자와 연구자뿐 아니라 일반 관객도 아지비의 아카이브를 열람하기 편하고, 자료를 디지털로 전환하기 이전부터 손수 모으고 연구한 기록까지 볼 수 있어서 좋습니다. 남의 노트 훔쳐보는 재미로 즐겁게 배우고, 노트 주인들과도 실컷 어울리다 가겠습니다.