数多くの中国の展覧会が開かれてきましたが、シルクロードに絞った展覧会は実はあまり行われていません。そのため、現在開催中の「世界遺産 大シルクロード展」は、200点もの文物でシルクロードの全貌をご覧いただくことができる貴重な機会になっています。しかも、そのうち日本の国宝に相当する「一級文物」が45点にものぼります。今回は、この中から“おしゃれ”な品々をご紹介しましょう。
筆者が30年余り前に旅したカシュガルの日曜市の写真です。鮮やかな糸を売るお店でした。
絵ではなく、顔の陰影まで織り込まれた綴織の壁掛です。ギリシャ神話に登場するケンタウロスと西域の胡人を組み合わせた異国情趣漂うデザインも、臙脂と紺の配色も、織の技術の高さも、見事!の一言。もとは大きな壁かけでしたが、出土したときは被葬者のズボンに仕立てられていました。そのアイデアの斬新さに驚きますが、きっと生前、被葬者の愛用品だったのでしょう。
日本では朽ちてしまう染織品も、乾燥した気候のために鮮やかなまま、2000年の時を越えて伝わっています。
これはショートブーツです。甲の部分は綴織の草花、側面は綾織による繧繝模様です。虹のように美しいグラデーションはとても繊細。靴底にはフェルトが敷かれてフカフカ。これに足をくるんでいた被葬者はミイラ化していましたが、身につけていたものはどれも良好な状態でした。どのような女性で、どんな人生を歩んだ人だったのでしょうね。
先の壁掛や靴は、タクラマカン砂漠の南側を通るの西域南道沿いの遺跡から出土したものですが、筆者が旅したのは砂漠の北側の天山南路。砂漠を通る路は写真のように低木と砂と岩だらけです。そこをバスで2泊3日かけてカシュガルからトルファンへ。30年も前ですから、バスには冷房もリクライニングシートもなし。途中の街でとった食事も、食材がトマトやジャガイモ、羊肉、小麦粉などに限られていました。そしてトイレはとても開放的! こんな愉快な旅はもうできませんが、駱駝とバスの違いこそあれ、紀元前2世紀から15世紀半ばまで東西を結んだ交易路のかすかな面影を感じる旅でした。
シルクロードのオアシス都市の中でもトルファンは大きな要衝。『西遊記』にも登場する火焔山とそのふもとの高昌故城(写真上)や「砂漠の正倉院」と言われるアスターナ古墳(写真下)、ベゼクリク石窟、交河故城と多くの遺跡があり、シルクロード上に栄えた都市国家としての重要度をいまも物語っています。本展では、トルファンから出土した文物が多く展示されています。
トルファンは、長安(西安)や洛陽から遠く離れた西の地ですが、7~8世紀には唐風の文化も見られました。ふっくらしたスタイルで髷を高く結った女性は、当時の理想的な美人。桃色の頬、赤い唇、おでこの飾り、黒髪に映える花かんざし…当時の唐風の化粧を伝えています。
ところで、この唐風美人、どこかで見た記憶はありませんか? 奈良の正倉院にも「樹下美人図」という似た絵が伝わります。正倉院の絵は日本製ですが、唐風文化は、長安から西はトルファンへ、東は日本へと伝わっています。
敦煌の鳴沙山です。砂に足をとられながら登るのは大変ですが、降りるのは一気(たいへん爽快)。近くに莫高窟があります。今回の展示では、莫高窟が発見された時(1900年)に出土した経典や壁画を紹介しています。
煌びやかな菩薩様です。失礼ながら今風に言えば、ティアラ、ネックレス、ピアス、ブレスレット、ショールなどキラキラしたものを身につけた菩薩様は、オシャレ度がとても高いです。けっこうジャラジャラなのは、悟りに至る前の修行中のため。この菩薩様がおわす第57窟はたいへん優美な壁画で有名で、中でもこの菩薩様はひときわ目をひく美しさです。
菩薩様が耳につけられている金のピアスは、例えばこんなものだったのかもしれません。金に緑のトルコ石やピンクの石がはめ込まれた、たいへん愛らしいもので、今でも通用するデザインです。本展には、ほかに水晶のペンダントや、黄金のブローチにバックル、ビーズのブレスレット、花と蝶の模様の簪などなど、多数の宝飾品が展示されています。
人々の生活用品も華麗です。この《瑪瑙象嵌杯》には、100粒の瑪瑙が付けられていました。1粒の大きさはちょうど指輪の石ぐらい。瑪瑙のリンク100個も作れる!と、不謹慎にも思ってしまいました。とにかく豪華な杯です(今でいえばビールジョッキのサイズ)。
黄金やガラス製の洗練された品々はシルクロードの大切な交易品でした。これらも本展の見どころのひとつです。
文字通り、馬の鞍にしく敷物の一部です。絹に青、白、茶、緑の糸で花や葉の文様が規則的に刺繍されています。華やかながらも落ち着いた雰囲気の素敵なデザインです。しかし大それたことに、この鞍敷にお尻をのせていたのですよね…。羨ましい限りです。
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東西を結んだシルクロードの文化や風俗を、各地で発掘された文物でたどる旅が、今回の展覧会です。遺跡などからの出土品が多いため、完品として残っているのは少ないものの、いまでも十分通用するデザインや、大胆なアイデアにただ驚きます。オシャレなものを探しながら「大シルクロード展」を巡るのも、ひとつの楽しみ方になりますよ。
会期も半分をきり、毎日1000人近い人出です(土日は1500人を越えます)。ますます人出が多くなりますので、どうぞお早目におでかけください。
(学芸員・ラワンチャイクン寿子)