2019年10月21日月曜日

追悼:ホアン・ヨンピン


中国美術、いやアジア美術の潜在力を世界に知らしめた功績は不滅です。
権威化された美術、植民地主義、商業主義など、あらゆるものへの批判精神を貫いた真に偉大なアーティストの冥福を祈ります。

らーさんのホアン作品との出会いは1991年のミュージアム・シティ・プロジェクトと三菱地所アルティアムによる「非常口 中国前衛美術家展」でした。そのときのホアン氏の若々しい姿は現在開催中の「アジア美術、100年の旅」で見せている蔡國強の記録映像のなかでちょっとだけ見ることができます。蔡氏の火薬ドローイングの制作を手伝っている小柄な眼鏡をかけた人が黄氏です。

そのあとらーさんは1993年の欧米のアジア作家調査の間にベルリン「世界文化の家」で開かれた中国現代美術展(リンクドイツ語のみ)で、新聞紙をぐちゃぐちゃにしたものを天井の高い大きな空間の柱にはりつけた黄氏の作品を見て、再び衝撃を受けました。
「世界文化の家」(ベルリン)での展示(1993年) 撮影:らーさん

「非常口」の屋内・野外作品と同様、あらゆる固定観念・概念を無化してしまい、かつ空間への攻撃力をもつ作品は素材のインパクトとともに様々な思考を誘発します。
生きたサソリや蛇を使った作品や、中国・フランス・アメリカの国際関係に介入したような彼の作品はしばしば物議をかもしました。そこにあるのは、いかに高度な文明と技術を誇ってもしょせん弱肉強食や盛者必衰という自然界のサイクルから逃れられない人間の運命への洞察でした。しかも、激辛の批評性の裏に、想像力をはばたかせる遊戯性を失うことなく。

ホアンの作品は空間的インパクトと暴力性をはらみつつも、彼を世界の舞台に押し上げたのその底にある透徹した思考と妥協なき批評性なのです。若手作家の挑戦もあっという間にビジネスにとりこんでしまうことで作家を骨抜きにする美術市場、集客用スペクタクル志向に慣れっこになったお祭り的な芸術祭がはびこる現在、ホアン・ヨンピンはそれらを巧みに利用しながらも、その生の最後まで孤高のアーティストであり続けたことに改めて驚きと敬意を感じずにはおられません。(ししお)

2014年9月5日、第4回福岡トリエンナーレ(FT4)でトーク中のホアン・ヨンピン
Huang Yong Ping talking at the 4th Fukuoka Asian Art Triennale, 5 September 2009

FT4のホアン・ヨンピン作品「ニシキヘビの尾」(2000年)展示風景
Huang's work at 4th Fukuoka Asian Art Triennale, 2009
Python's Tail, 2000, collection of Guy and Myriam Ullens Foundation, Switzerland

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