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どうも気になる黄金のカニ

当館の所蔵品に、《ボーディサッタと黄金のカニ》という作品があります。 マーリガーワゲー・サルリス[スリランカ]《ボーディサッタと黄金のカニ》20世紀中頃 以前この作品を目にしたとき、一体どういう状況なのだろうと思いました。 中心に座っている男性の危機を、世にも珍しい金色のカニが助けてくれた…といった場面でしょうか。 しかしなぜカラスと蛇に襲われているのでしょう。 こちらに見向きもせず遠くへ飛び去っていく一羽の鳥や、やけに牧歌的な背景を見ると、先ほどの「危険が迫っていたのではないか?」という予想は違う気がします。 飛んでいく鳥   緑豊かな背景 画面に描かれている以上、モチーフには必ず意味があるはずです。 丸くてかわいらしいカニをはじめ、この作品が気になってはいたものの、当時の仕事には全く関係のない疑問でしたので、自ら進んで調べることはありませんでした。 それからしばらく経ち、いつの間にかブログを書く順番が回ってきていました。 何を題材にするか悩んでいたのですが、せっかくなのでこれを機に《ボーディサッタと黄金のカニ》が一体どんな場面を描いているのか調べてみました。 あくまでも一個人の趣味の範囲ですので、何卒ご容赦いただければ幸いです。 まず、この《ボーディサッタと黄金のカニ》は、「ジャータカ」という釈迦の前生として語り継がれてきた五百を超える物語のうちの一つを描いたものです。 話の中に登場するボーディサッタは釈迦の前生の姿で、黄金のカニは釈迦の十大弟子のうちのひとり、アーナンダの姿とされています。 *** むかし、インドの東にサーリンディヤというバラモンの村がありました。 その村の農耕者の家に生まれかわったボーディサッタは、畑仕事に行く前に立ち寄った土地の外れにある溝で、一匹の金色のカニと出会います。近づいてきたカニをボーディサッタが自らの上着の中に入れ、溝の外へ連れ出してあげたことをきっかけに、二人はとても仲良くなりました。 溝 また、ボーディサッタはとても綺麗な眼をもっていました。 彼の家の近くの木の上で巣を作っていた牝のカラスがそれを見て、牡のカラスに「あの眼が食べたいわ」と言います。牡のカラスは悩みましたが、「このターラの木(ヤシの木)の近くの蟻塚に住んでいる蛇に仕え、協力してもらいなさい」という牝カラスのすすめから、蛇に仕えるようになりました。 ※ここで登場

ゾロゾロゾロゾロ…この顔と出会った日

  1992 年夏。北京郊外の円明園には、名刺に「自由画家」と印刷した若いアーティストたちが集まり、アーティストビレッジ「円明園芸術家村」ができていました。 1989 年に世界を震撼させた天安門事件の余波ののこる時代です。自由に表現することは難しく、美術家としての先の見えない不安や矛盾にみちた体制への諦めに似た気持ちを抱えながら、アーティストたちは、村を訪れた(おそらく)初の外国人学芸員であるわたしに、自分たちの作品を見せ、真剣に説明してくれました。明るく笑いながらも、実際には出口を見つけようとしていたのだと思います。もちろんこの時のわたしは、学芸員になりたての見習い状態だったのですが。 ファン・リジュン《シリーズ  2    No.3  》 1992 年  そのとき訪ねた一軒が、ファン・リジュンの小さな画室でした。スタジオというよりも画室といったほうがふさわしい部屋で、もうひとりの画家と二人でシェアしていました。 残念ながら本人は不在でしたが、壁に立てかけられていた何枚もの絵は、まさにこの《シリーズ2》でした。同じスキンヘッドの顔で不遜に笑う青年が、何人も歩いていたり、ひとり大きく描かれていたり、まるで画室の中をゾロゾロと歩き回っているかのようでした。その強烈な印象はいまも忘れがたく、思えば、あの時が、わたしがアジア現代美術に出会い、後にアジア美術館で勤務することになった転機でした。 わたしは、この作品を展示するたびに、あの日に戻ります。その日の円明園の空は、まさにこの絵のようでした。青いけれども、どこか不安。その不安に押しつぶされたかのような絵の中の歪んだ顔。コピーされた一様な若者たち。この絵には、当時の閉塞感が漂う社会に生きる作家の所在のなさや、奇妙な笑いの奥に隠した抵抗が透けて見えます。   ファン・リジュン《九三、八号》 1993 年 ファン・リジュン《 No.12 》 1996 年   アジア美術館自慢のコレクションの一部を紹介する今回の展示には、ファン・リジュンの他の作品も展示しています。水中でピースサインをおくるファン・リジュンの油絵、逃げるように泳ぐファン・リジュンを彫った木版画、そして円明園などで撮影されたファン・リジュンのスナップ写真です。        シュ・ジーウェイ(徐志偉)によるファン・リジュン(方力鈞)の写真